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2024年1月28日
 沖縄・第5回旧海軍司令部壕調査 現場活動最終日
 2022年10月から全5回行ってきた旧海軍司令部壕 未公開箇所の戦没者遺骨発掘収容。150mあるこの場所を、本日完掘しました。1年3か月前の調査時には這ってしか通れないほど大量の土砂が詰まっていた場所も多かった通路を、全て立って歩けるようになりました。(初日の段階では、正直今回で完掘できると思えないくらい大量の土砂が残っていました)
 参加者は毎回、県在住者だけでなく、県外からも集まりました。年代は小学生から80歳を超えた方、職業はばらばら。日本人だけでなく在沖アメリカ軍兵士や軍関係者のアメリカ人らも参加して、「この場所に戦没者の遺骨がないこと」を全員で確認しました。
 ボランティア合計はのべ約1730人。
 発掘日数は合計45日間でした。
 皆さんと一緒に活動させて頂けたことに感謝します。そして、現場にお越し頂けなくても、活動を支えて下さっている方、声援を送って下さっている皆さんにも感謝申し上げます。


2日前の通路
天井近くまで土砂があり奥が見えませんでしたが


2日間で完掘
14mを掘り切り、奥まで立って歩けるようになりました。


今日も「掘り隊」が通路を掘り進み、土砂を外に運び
「ふるい隊」が確認する、という分業体制で一気に作業が進みました


土砂が少なくなるに従い「ふるい隊」も減って、片付け開始


午前中にほぼ掘りきり、道具を掃除


旧海軍司令部壕 未公開箇所発掘収容の最後の集合写真
確認した土砂の土嚢で造った「那覇市の新豊見城(通称「上杉城」)」前にて
(空援隊命名)

2024年1月27日
 沖縄・第5回旧海軍司令部壕調査 8日目
 今日は56人が参加下さりました。半数近くの21人が在沖アメリカ兵や軍関係者というまさに日米合同の調査で、残り14mの通路に全員でとりかかりました。
 今日も分担作業です。

 土砂を掻き出す→そりに乗せる→外に運ぶ→ふるう→確認した土砂を捨てる

 これを1日中繰り返しました。1.3m以上土砂が積もっている場所もあり、何十回と往復しても終りのない大量の土砂に「そり部隊」の中には、息を切らしながら「too much!」と言う人も。「ふるい部隊」は大量の土砂を次々と確認しなければならず、効率の良い段取りを考えてチーム一体となってふるっていました。また「ふるい部隊」の調子があがると、「掘り部隊」がそれに合わせてペースをあげて掘り続けます。こちらは蒸し暑い中での作業。今日初めてここで顔を合わせた人たちが一丸となり、各部隊連携することで、みるみる土砂が減っていきました。
 明日で掘り切ります。


土砂を掘って、そりに乗せる(「掘り部隊」)


そりで運ぶ(「そり部隊」)


運ばれた土砂を下ろし、各ふるい隊に渡し、確認した土砂を捨てる
ふるいを止めないためにスムーズに行っていました。


ひたすらふるい続ける



2024年1月26日
 沖縄・第5回旧海軍司令部壕調査 7日目
 今日もほとんどの参加者が常連さんでした。作業内容や目的を熟知されている方ばかりなので、より効率良くより早く作業を進める方法を皆さんが考えて下さっています。それをご覧になった沖縄県の職員さんから思わず(?)「システマティックに作業されていますね」とのつぶやきが。その県の職員さん4人を含め昨日よりも人数が増えたことで、より一層作業が進み、残すはこの通路となりました。明日と明後日で未公開箇所の完掘を目指します。




「ふるい」部隊


土砂を確認すると同時に出る「廃土(=確認した土)」を
すぐに移動させることも効率良く作業を進めるために大事な作業。


置き場所が限られているため
作業場から離れた場所に休みなく運び続けました。



2024年1月25日
 沖縄・第5回旧海軍司令部壕調査 6日目
 北風がおさまり、今日は外でふるうことができました。ここでふるうためには、中から土砂を運ぶ必要があります。既に確認した「廃土」と呼んでいる土砂を含め、土嚢約400個以上を運びました。土嚢は壕の奥にあるため、そりを活用し、バケツリレー方式で、13人で運びました。日頃運動していないという参加者からは「腰が悲鳴を上げています」との声も。
 外でのふるいと同時に、新たな通路にとりかかりました。地面から1.5-1.7m(推定)の土砂が積もっている通路を、荒川恒光さん、息子の剛至さん、そして恒光さんのお孫さんの熊石祐人さんが掘り始めました。恒光さんの父親の荒川一登さんは、海軍の通信兵で、この壕で戦死されました。太田實少将の「沖縄県民斯く戦ヘリ」を本土に電文したのが父だろうと恒光さんは話します。
 大量の土砂を減らさないと遺骨や遺留品が出る(と思われる)層に到達しないため、まずは上の土砂をかいて運びました。運んでも運んでも一向に減らない量の土砂でしたが、3人とも休憩もとらずに運び続けていました。


雪の降らない沖縄で、多くのそりが活躍しています。


廃土(確認済みの土砂)の入った土嚢を放り投げるアメリカ空軍兵


新たな通路にとりかかりました


作業の前に、2mごとにリボンをつけます。
リボンは遺骨や遺留品がどこから出たのかを記録するために必要です。


3世代のご遺族が新しい通路の発掘を開始しました。
場所はB4通路0m地点


奥からも土砂をかき始めました。

2024年1月24日
 沖縄・第5回旧海軍司令部壕調査 5日目
 今日は土嚢330個分の土砂をふるいました。活動初日と翌日で、壕内の通路にあった土砂を土嚢に詰め、随時外に運び、ふるいました。しかし土砂の量があまりにも多く、ふるい作業が間に合わないため、土嚢を壕内に積み上げ、それらを運んでは、ふるうという作業を続けた3日目の今日。2m以上積み上げていた土嚢が↓




↑このように!

 ここに残っている土嚢は、100個ほどになり、明日の午前中で終わる予定です。
 確認を続けた3日間は、ほとんどお骨も遺留品も見つかりませんでした。「戦没者が放置されていなくてよかった」とスタッフは思う一方、何百個も土嚢を運び、ふるい続ける作業は、普段から体を動かしている方でもかなり体力を消耗します。そのうえお骨も遺留品もほとんど見つからないと更に疲労感が増しますが、「疲れました」とおっしゃりながら作業時間ぎりぎりまでふるい続けて下さいました。皆さんのおかげで今回のメインとなる通路に進める見通しがたちました。明日からも続けます。


昨日かなり寒かったため「対策してきました」
と皆さん仰るくらい今日も寒かった!
今日も狭い場所を共有しながら作業しました。



2024年1月23日
 沖縄・第5回旧海軍司令部壕調査 4日目
 北風が強く吹き、雨も降ったため、一日中壕内でふるい作業をしました。
 その合間には、全員で土嚢運び。いつもならハードなこの作業も今日は、「風で冷えた体を温めるのに丁度良いです」という声も聞かれる程、壕内でも風が吹き抜ける寒い中での作業でした。まだ土嚢がたくさん残っています。明日も確認作業を続けます。




2024年1月22日
 沖縄・第5回旧海軍司令部壕調査 3日目
 今日は土砂をふるう作業に全員でとりかかりました。昨日までに土嚢袋に詰めた土砂を壕から運び出し、遺骨や遺留品がないかを確認します。平日の今日は参加者が10人程でしたが、沖縄で行われている遺骨収容では十分多い人数です。常連の参加者が多く、順調に作業が進みました。その中には今回が3回目の塩村あやか参院議員も東京から参加。空援隊は国会議員でもどたなたでもやって頂くことは誰でも一緒です。大量の土嚢をそりで運ぶ作業にも加わって頂きました。まだ大量の土嚢が壕内に残っています。明日も続けます。


46人参加した昨日と比べると少ないですが
通常の沖縄の遺骨収容では十分な数です。


確認する土砂が入った土嚢。これを外で確認するために運び出します。
120個ほど運びました。ちなみにここ以外の場所にもまだ土嚢はあります。


そりを使ってのバケツリレーで土嚢を運びます。
塩村あやか参院議員


常連の参加者が手際よく作業を進めました。


塩村議員の誘いで沖縄県議の喜友名智子議員も急遽参加(前列右)。
明日から参加されるご遺族の荒川恒光さんと剛至さんもお越しになりました。

2024年1月21日
 沖縄・第5回旧海軍司令部壕調査 2日目
 今日は46人のボランティアが参加下さいました。初回から参加している地元の大学生らの常連グループ、そして全体の半数近くは、在沖アメリカ兵や退役軍人等の軍関係者らでした。昨日と今日の参加者がのべ約80人。今日までに予定していた通路を、壕構築時の地面まで堀りきりました。調査前は土砂が堆積し、這うか、かがむかでしか通れなかった通路を、全て立って歩けるようになりました。それができたのも、多くの参加者があってこそです。年齢も国籍も職業もばらばらの方々が、戦没者を故郷にお迎えするためにだけに集まっているのが私達の活動です。「これだけのボランティアが集まる遺骨収容は空援隊以外にないです。空援隊にしかできないです。」という声もお聞きしました。皆さんがいるからこそ活動が進むことを改めて実感しています。明日から土砂の精査に取り掛かります。


午前中は時折雨が降り、通路でふるいました


有志の自衛隊員と在沖アメリカ兵


上記の場所から、遺骨が見つかりました。
銀歯が残った顎の骨も。


「空援隊恒例の朝一土嚢運び」と言われる土嚢運びは本日は午後に。
「今日は土嚢運びはないと喜んだのに…」と
(落胆の)声も聞かれるほど体力を消耗します。


屈強な若いアメリカ兵たちの力が随所で発揮され一層活動が進みました。



2024年1月20日
 沖縄・第5回旧海軍司令部調査 初日
 沖縄県の旧海軍壕司令部壕において、戦没者遺骨発掘・収容調査を開始しました。全長約150mの未公開箇所の調査は今回で5回目。当初、天井の高さ約1.8m~2m近くまで土砂で埋まっていて、大量の土砂の確認に時間を要しています。今日は約30人が参加下さり、土砂を土のうに詰めて外に運びました。明日から、土砂の確認作業を開始します。


板張りの床の一部が見つかりました。


とっくり等様々な遺留品も見つかっています


真空管


この倍以上の土嚢を運び出しました(壕内にも更にあります・・・)。
明日からそれを全て確認します。



2023年12月4日

顧問団会議を開催しました
 2016年に遺骨収集推進法が制定されてから7年。予算が大きく増えたにも関わらず、収容数が法律制定前に比べて減っている等、国の遺骨収容の現状や問題点を共有しました。


空援隊顧問は国会議員です。
この顔ぶれが集まるだけでもニュースですねという声も。


2023年11月30日
YouTubeに映像を掲載しました

『大勢でコツコツと 第4回旧海軍司令部壕 遺骨収容活動レポート』

のべ約300人のボランティアが活動した9日間の活動を見つめた記録。
(2023年10月)

空援隊YouTubeチャンネルより)

※宜しければ、再生後、画面右下の「YouTube」ボタンをクリックしてご覧下さい

2023年11月30日
沖縄・2024年1月 戦没者遺骨収容・調査 参加者募集
 以下の日程で、沖縄において戦没者遺骨発掘・収容を実施致します。ご参加ご希望の方は、お早目にお問い合わせ下さい。
 【日程】2024年1月20日(土)-28日(日)
 【時間】基本8-17時
 【場所】旧海軍司令部壕 未公開箇所(豊見城市)

※①県外参加者と②県内参加者で参加条件等が異なります。

①沖縄県外から参加の方 ※基本、ご入会頂きます
 【参加条件】
  戦没者への哀悼の意を体現するため、滞在期間中、
  次の2つのルールを守れる方
   ・食事は食べ残さないこと
   ・禁酒
 【締め切り】
  (旅行手配を空援隊に依頼される方)2023年12月25日(月)
  (ご自身で手配される方)2024年1月5日(金)

沖縄県在住の方
 【参加条件】
  1日以上、終日参加可能なこと
   ※その他はお問い合わせ下さい。
 【締め切り】2024年1月5日(金)

①②共通
 【服装・持物】長袖、長ズボン、軍手、タオル、帽子
        長靴等濡れても良い靴、強力なヘッドライトか懐中電灯
 【その他】昼食(弁当)・飲料を用意します。
 【参加方法】空援隊にメールか電話でお問い合わせ下さい。
       ※メールでお問い合わせ頂いた場合、通常3日以内に返信して
        います。もし3日経っても連絡がない場合は、お手数ですが
        お電話でお問合わせ下さい。
 【連絡・問合せ】
  (電話)075-321-4661
  (e-mail)office@kuuentai.jp


2023年10月29日
 沖縄・第4回旧海軍司令部壕調査 2023年10月 現場活動最終日
 現場活動最終日の今日は45人が参加され、大学生(県内外)、高校生の学生中心の日でした。集合時間より早く集まり、準備を進んで手伝って下さり、中には作業が始まる前から泥だらけの人達も。また、全体を見て手の足りない作業に気付いてカバーして下さったり、狭い場所でのふるい作業では、皆さん協力しながら、効率よく作業がすすむ方法を考えて下さったり、今日の作業を見ていて、チームワークで成り立っている活動だと改めて思いました。それは決してスタッフが作ったものではなく、参加者皆さんの思いから生まれたものだと強く感じます。
 参加者は全員ボランティアです。今回、9日間でのべ288人が参加し、段ボール箱1箱分の遺骨と、非常に多くの遺留品が78年ぶりに皆さんの手によって収容されました。そして確認した大量の土砂に遺骨がこれ以上遺骨が残されていないことを皆さんで確認しました。全長約150m以上の未公開箇所の残りは約3割程になりました。といっても参加者から大きなため息が漏れるほどの多くの土砂が残っており、来年1月にまた活動します。改めまして全ての参加者の皆様に感謝申し上げます。


最終日もふるい場には多くの人
(カメラに収まりきれない人達もいます)


大学生と在沖アメリカ海兵隊員


下あごや脛骨も


9日間で収容された遺骨の一部


割れずに見つかった大量の瓶


確認を終えた土(ほんの一部)。


本日の参加者45人は全員2回目以降の参加(常連さん!)でした。


2023年10月28日
 沖縄・第4回旧海軍司令部壕調査 2023年10月 8日目
 今日は今回最大人数の60人が参加下さいました。更に作業が加速し、次々とお骨も遺留品も見つかっています(多すぎて写真が間に合っていません・・・)。残り1日、皆さんの力で、作業を続けます。


朝のミーティング。多いためカメラに収まりきらず・・・。




弾丸(左下↑)や脛骨等々(右上↗)が見つかっています。


下顎骨、歯もついていました。




2023年10月25-27日
 沖縄・第4回旧海軍司令部壕調査 2023年10月 5日-7日目
 壕からそりで土砂を運び出し、ふるって、土をすてる。毎日ひたすらこの作業の繰り返しです。まだまだ多くの土砂があり、その量に圧倒されますが、確実に土砂は減り、遺留品やお骨が見つかっています。27日からは県外から大学生らが10人以上が加わって下さり、益々パワーアップしています!


ここから土砂を運び出す
(30m以上をそりで引きます。見た目以上に重労働。)


運び出された土砂を外でふるう


確認した土を運び、捨てる裏方作業もとても重要
(次々と土砂が出てこれも重労働)


金歯を見つけた米海兵隊員
今回も在沖米軍や退役軍人らと共に活動しています。


「我晃」の印鑑


ビール瓶等、戦時中の瓶が次々と見つかります。


海軍の食器


10月25日


10月26日


10月27日

2023年10月24日
 沖縄・第4回旧海軍司令部壕調査 2023年10月 4日目
 ふるう土砂の量に比べて、見つかる遺骨や遺留品がとても少ない時間が長く続きました。「この場所に遺骨がないことを確認すること」、それが活動の目的とはいえ、何も見つからず、そのうえ重労働も多いと気力が落ちてきますが、最後まで皆さん元気に活動頂きました。そのうえ「次回も是非来ます!」の言葉に、スタッフの疲労感は一気に吹き飛びました。皆さんと一緒に活動できている嬉しさを感じながら明日からも活動します。


麻雀牌や点棒も見つかっています。
作業時間終わり頃に、余裕の(?)笑顔の参加者
(スタッフはヘロヘロでした)




2023年10月23日
 沖縄・第4回旧海軍司令部壕調査 2023年10月 3日目
 今日は14人が参加されました。昨日までは土日で人数がとても多く、分担していた作業を、今日は人手が足りなくなったら各自が率先して各作業のサポートに入ることで、人数が少なくても、作業が非常にはかどりました。初めて顔を合わせる方々ばかりですが良いチームワークだとしみじみ感じました。


昨日20人近くいたふるい場は、今日は少なめ。


人数が少ないと言っても、それは土日に比べたらのことで
平日に14人が集まって下さるのは、十分多いですね。

2023年10月22日
 沖縄・第4回旧海軍司令部壕調査 2023年10月 2日目
 今日は最年少参加者と最年長参加者が一緒に汗を流しました。
 最年少の小学校6年生の山内英玲奈さんは、今年7月に続いて2回目の参加。前回の体験をまとめた学校新聞「骨々(コツコツ)新聞」が、第18回琉球新報学校新聞コンクール・第25回県中学校社会科新聞コンクールで、最高賞の県知事賞を受賞。参加のきっかけを前回尋ねたところ「友達と遊ぶ約束をしていたけど、お母さんに連れてこられました」と話していました。きっかけは何であれ、7月の非常に蒸し暑いさなか、泥まみれ汗まみれになって実際に手を動かした経験を通して「遺骨収容をもっと多くの人に体験してほしいと感じました」と新聞を作成した理由を話して下さいました。
 最年長の荒川恒光さんは、この場所でお父様の一登さんが戦死されました。通信兵だった一登さんは、海軍の大田実中将の「沖縄県民斯く戦えり」の伝令を大本営に伝えたと言われています。荒川さんも2回目のご参加。今回も精力的に活動されています。
 お二人だけでなく、皆さんドロドロになって汗を流しています。今日も44人の方々が集まって下さいました。参加のきっかけや理由は様々。その皆さんの力が合わさることで、少人数では決して成しえないことができ、確実に活動が大きく前進しています。


大きな岩や工事用の廃材と思われるコンクリ―トを運ぶ
米空軍兵と地元参加者、その後ろは退役米海兵隊員


県知事賞を受賞された山内さん(中央)と塩村あやか参院議員(左)。
塩村議員も2回目のご参加。現場でしか分からないことがあると
東京から参加。皆さんと一緒にひたすらふるい作業に従事頂きました。





荒川恒光さんが2回目のご参加。
父、一登さんはここ海軍壕で命を落とされました。
今回は息子の剛至さんもご一緒です。


ふるい場。人数が多く、すき間を見つけて作業頂きました。
確認した土砂を運ぶ仕事を分担して行えるのも人数がいるからこそ。


ふるい場が足りなくなり、廃土場でもふるい作業


遺骨も見つかっています。



2023年10月21日
 沖縄・第4回旧海軍司令部壕調査 2023年10月 初日
 沖縄県の旧海軍壕での戦没者遺骨発・収容調査が始まりました。丁度1年前に開始した、未公開箇所150mの調査は今回で4回目。まだまだ非常に多くの土砂が残っていて、場所によっては壕底(壕構築時の底)近くまで掘ると水が染み出し、どろどろの場所も。膝くらいまで水がたまっている場所もあって、遺骨を探す前に排水路を造ったり、排水溝の泥を掻き出したりと土木作業も必要です。今日は、自衛隊有志、大学生、現地参加者、県内外の会員、在沖米兵や退役軍人ら46人が参加下さり、恒例の土嚢運びから作業を開始。多くの人がいると作業が進むことを実感しながら、9日間調査を続けます。


泥を掻き出した後、排水溝に泥が入らないようにシートをかけます


水がしみだしてきて、発掘するのが難しい場所


遺骨の砂をおとす大学生



2023年8月13日
沖縄・10月 戦没者遺骨収容・調査 参加者募集
 以下の日程で、沖縄において戦没者遺骨発掘・収容を実施致します。ご参加ご希望の方は、お早目にお問い合わせ下さい。
 【日程】2023年10月21日(土)-29日(日)
 【時間】基本8-17時
 【場所】旧海軍司令部壕 未公開箇所(豊見城市)

※①県外参加者と②県内参加者で参加条件等が異なります。

①沖縄県外から参加の方 ※基本、ご入会頂きます
 【参加条件】
  戦没者への哀悼の意を体現するため、滞在期間中、
  次の2つのルールを守れる方
   ・食事は食べ残さないこと
   ・禁酒
 【締め切り】
  (旅行手配を空援隊に依頼される方)2023年9月23日(土)
  (ご自身で手配される方)2023年9月30日(土)

②沖縄県在住の方
 【参加条件】
  1日以上、終日参加可能なこと
   ※その他はお問い合わせ下さい。
 【締め切り】2023年10月7日(土)

①②共通
 【服装・持物】長袖、長ズボン、軍手、タオル、帽子
        長靴等濡れても良い靴、強力なヘッドライトか懐中電灯
 【その他】昼食(弁当)・飲料を用意します。
 【参加方法】空援隊にメールか電話でお問い合わせ下さい。
       その際お知らせする参加条件にご同意頂いた方に
       参加申込フォームをお送りします。
       ※メールでお問い合わせ頂いた場合、通常3日以内に返信して
        います。もし3日経っても連絡がない場合は、お手数ですが
        お電話でお問合わせ下さい。
 【連絡・問合せ】
  (電話)075-321-4661
  (e-mail)office@kuuentai.jp


2023年8月3日
YouTubeに映像を掲載しました

『第3回旧海軍司令部壕遺骨収容 活動レポート』

胎児と思われる遺骨が見つかり、名前が入った筆箱を遺族に返還、等・・・。海軍壕での活動の記録です。(2023年7月)

空援隊YouTubeチャンネルより)

※宜しければ、再生後、画面右下の「YouTube」ボタンをクリックしてご覧下さい

2023年7月15日
沖縄・第3回旧海軍司令部壕調査 2023年7月 遺留品をご遺族に返還/活動報告
 7月8日の調査時に見つかった海軍兵士「辻村彌寿治」さんの筆箱の蓋を、3日後に大阪在住のご遺族にお返ししました。今年2月の調査で辻村兵士の筆箱が見つかっていますが、その際に蓋がありませんでした。その筆箱は、4月に甥の辻村又一さんにお返ししており、今回速やかな返還が実現しました。
 沖縄での全日程を終えた7月11日。関西に戻ったその足で辻村又一さんのお宅を訪問しました。そこは彌寿治さんの生家でした。又一さんご夫妻によると、彌寿治さんは幼少から勉強が好きで、友達からの遊びの誘いも「本を読むから」と断っていたそうです。ご夫妻は「よっぽど帰りたかったのですね」と大変喜ばれていました。家には、彌寿治さんも遊んだという庭がそのまま残っていました。筆箱を大事にされていたのか等と思いを馳せながら、帰路につきました。
 今回のべ約210人に参加頂き、段ボール箱(大)1箱分(推定約4㎏)のご遺骨を収容できました。また、記名入りの遺留品7点も収容できました(そのうちの一つが辻村彌寿治さんの筆箱の蓋です)。その他にも多数の遺留品を収容し、旧海軍司令部壕事業所に引き渡しました。またご遺骨は、戦没者遺骨収集情報センターにお預けし、厚労省が引き取りに来るのを待ちます。今後のご遺骨の鑑定については、厚労省が「各遺骨収容場所における鑑定の科学的有効性等を総合的に勘案し、鑑定の適否を判断する」そうです。これまでの実施状況を見ると、鑑定される沖縄の遺骨は少ないです。尚、昨年私達が収容した遺骨について、収容数も、遺骨が鑑定されているのか否かも、厚労省から連絡がないため分かりません。おそらく、収容者に対して報告する義務が国にはないのだと理解しますが、これが「遺骨収容は国の責務」と言っている国の対応です。
 今後もやるべきことが目の前にある以上、どんな状況であっても、一歩でも前に歩みを進めていきます。宜しければできる範囲で伴走頂けますよう、どうぞ宜しくお願いします。



蓋(右)が揃った「辻村彌寿治」さんの筆箱


左が2月に収容された筆箱、右が今回収容した筆箱の蓋


2月に収容された筆箱が仏壇に供えられていました

2023年7月9日
 沖縄・第3回旧海軍司令部壕調査 2023年7月 9日目 現場最終日
 非常に蒸し暑かった9日間、のべ210人のボランティアが参加下さいました。昨年10月、今年2月、そして今回と3回調査を行ってきて、まだ半分以上の土砂が残っています。その量に圧倒されるのか、参加者の皆さんからはため息がもれます。
 遺骨収容というと掘る作業をイメージされる方が多いですがそれは全体の作業の一部で、その作業をできるようにするためには、作業場作りや、廃土の入った重い土嚢を何百個も運び、また遺骨や遺留品があまり出てこない場所での確認作業も必要です。今回も半分以上が土木作業でした。蒸し暑さも加わり疲労だけが残り、成果が実感できない方々も多くいらっしゃったかと思います。それでも縁の下を支える作業を1日中、または何日も続けて下さった方々から「次回はいつですか」という声を多くお聞きしました。その方々の作業があって、最終日も多くのご遺骨や名前の入った遺留品が見つかりました。次回は秋を予定しています。楽な作業ではありませんが、宜しければどうぞご参加下さい。


毎回参加下さる県内在住者(左)と全日参加された兵庫県からの参加者(右)


重労働の作業終了後、進んで道具を片づけて下さる
常連の地元大学生チーム


常連参加者の高校生を取材する地元TV局。
撮影の合間にカメラマンとアシスタントさんが土嚢運びに参戦下さいました。


最終日前日までに収容された遺骨。最終日、更に増えました。


今回収容した遺留品を海軍壕事務所に引き渡しました。


珍しいものも見つかりました。


次回10月に!と言って、現場をあとにしました。

2023年7月8日
 沖縄・第3回旧海軍司令部壕調査 2023年7月 8日目
 今年2月の調査で見つかった海軍将校の「辻村彌寿治」さんの筆箱。その際、蓋がありませんでしたが、筆箱が見つかった場所から、本日蓋が見つかりました。2月に見つかった筆箱は、4月に甥の辻村又一さんにお返ししており、連絡をすると大変喜ばれていました。近日お返しする予定です。
 また塩村あやか参院議員が参加されました。空援隊の沖縄調査に参加された初めての国会議員です。空援隊の現場で特別扱いはありません!他の参加者と同様、土嚢運びから始めて、蒸し暑い中、1日作業頂きました。


辻村彌寿治さんの筆箱の蓋


見つけた有志の自衛隊員


塩村あやか参院議員。この場所から歯が見つかりました。

2023年7月7日
 沖縄・第3回旧海軍司令部壕調査 2023年7月 7日目
 様々な人達が参加されています。今日は沖縄県護国神社の宮司、沖縄県庁の担当部署の課長らが初参加。常連の有志の自衛隊員、県外からの参加者、在沖アメリカ軍関係者達と一緒に土に向かいます。狭い場所、限られた道具を共有し、数十個の重い土嚢も協力して運び、蒸し暑い中、泥だらけ汗まみれになると、一体感も出てきます。普段の肩書がなくなる場所となっているようです。またご遺族も激励に訪れて下さいました。
 残り2日も、職業や年齢もばらばらの80人以上が、戦没者の遺骨を収容する、この目的のためだけに集まって下さる予定です。


身動きがとりずらい場所で協力しながら作業を進めて下さっています


線香をあげるご遺族。
海軍兵だったお兄さん(沖縄県出身)を沖縄戦で亡くされました。


今日はこちらも見つかりました

2023年7月6日
 沖縄・第3回旧海軍司令部壕調査 2023年7月 6日目
 今日も名前の入った遺留品が見つかりました。「ツダモリヲ」と彫られた万年筆です。こちらもご遺族を探します。



初日から中日(昨日)までの5日間で見つかったご遺骨





上の写真のご遺骨は、手前とその奥に続く通路で見つかりました。
手前の場所は、高さ2m程土砂が積もっています。
この場所を調査するには、先に奥の通路を調査する必要がありますが
そこも土砂が積もり、かがまないと通れません。
明日もこの場所を調査していきます。

2023年7月5日
 沖縄・第3回旧海軍司令部壕調査 2023年7月 5日目
 平日は参加人数が少ないとはいえ、連日10人以上が参加されています。中には仕事を休んで県外から参加下さっている方々も。初参加の方々も一緒に良いチームワークで活動が進んでいます。


日を重ねる毎に作業が早く進みます。


壕構築時の底を確認するため、座っている場所から更に下に
1m程まだ掘り進める必要があります。
初参加の方は残っている大量の土砂を目の前にして
圧倒されることも多いです。


おととい見つかった定規。現在、遺族探しも行っています。

2023年7月4日
 沖縄・第3回旧海軍司令部壕調査 2023年7月 4日目
 今調査している通路から、遺骨や遺留品が次々と見つかっています。今日はとても小さな仙骨が見つかりました。明日も皆さんと土砂と向き合い続けます。


胎児と思われる大きさの仙骨


連日の参加者や毎回参加下さっている方々が中心となって
手際よく作業を進めて下さっています。

2023年7月3日
 沖縄・第3回旧海軍司令部壕調査 2023年7月 3日目
 今日もお天気に恵まれ、壕から土砂を外に運び、蒸し暑い中、遺骨や遺留品を探しました。その中に、名前と所属が書かれた定規が見つかりました。
 「靖国で合ふ 嬉しさや 今朝の空」(※国は崩し字)と、辞世の句とも思われる言葉と、「上田」「横須賀海軍通信学校 八六三」という文字等が読めます。もし戦没者のものであれば、ご遺族をお探ししたいと思います。


観光通路から約8mの場所で見つかった定規。


死を覚悟した思いが刻まれていました。


休みをとって県外から来られた参加者もいらっしゃいました。
明日もその方々や、初参加の方等と一緒に土砂をふるって探します。

2023年7月2日
 沖縄・第3回旧海軍司令部壕調査 2023年7月 1日目、2日目
 昨日から、沖縄県の旧海軍司令部壕の未公開箇所において、第3回目の調査を開始しました。初日の参加者は44人、本日が39人。高校生、地元大学生、有志の自衛隊員、協力者、在沖アメリカ軍関係者、県外の参加者等、年齢も職業もばらばらばらの参加者が、大量の土砂と向き合っています。初日から、ご遺骨や歯、遺留品が次々と見つかっています。非常に蒸し暑く、少し動くだけでも汗だくという気候が続いていますが、全9日間、参加者と共に残されているご遺骨がないかどうかを確認していきます。


梅雨の豪雨等の影響で崩れた土嚢を
有志の自衛隊員が1日かけて積み直して下さいました。 (1日目)


「まず最初は…」と言えば「土嚢運び」と言われるようになった
空援隊恒例(?)の作業。
前回最終日に壕の入口に積んだ土嚢、確認済みの土嚢を運びました。
午前中いっぱいかかるほど、多数の土嚢があり
蒸し暑さも手伝ってかなり体力を消耗しました。(1日目)


土砂の中に遺骨や遺留品がないかを確認する(1日目)


前回に続き、アンプルも出てきました


2日目も多くの人が朝から集まりました。
毎日8時に集まり、作業の説明をして、作業開始です。


毎回参加下さる大学生ら(2日目)


50㎝四方よりも狭い範囲から次々と遺骨や歯、遺留品が見つかりました
(2日目)


見つかった遺骨の一部。
これよりも多くの遺骨が見つかっていますが
量が多く、撮影が追い付いていません…。


小さな部屋に1m以上積もった土砂を、高校生と退役海兵隊員が
全3日間で完掘(前回2月の調査を含む)。
部屋の高さは1.7m。最後は立って歩けるようになりました。

2023年6月14日
YouTubeに映像を掲載しました

『沖縄戦で亡くなった兵士の万年筆が78年ぶりに娘のもとへ-6月12日-
「旧海軍司令部壕」遺骨調査その後』

沖縄県の旧海軍司令部壕遺骨調査で見つかった万年筆がご家族に戻りました

(2023年6月)
空援隊YouTubeチャンネル
より)

※宜しければ、再生後、画面右下の「YouTube」ボタンをクリックしてご覧下さい

2023年6月12日

沖縄で収容した万年筆をご家族にお返ししました
 今年2月に沖縄県で実施した旧海軍司令部壕遺骨調査。その際に収容した宮本衛さんの万年筆を、娘の坂下満子さんにお返ししました(千鳥ヶ淵戦没者墓苑において(東京都千代田区))。
 満子さんが5歳だった昭和19年9月、父の衛さんは陸軍兵として二度目の出征をしました。二重橋前(東京)から父親を見送ったのが最後の別れだったそうです。戦地から届く衛さんからの手紙は、幼い満子さんが読めるように片仮名で書かれていたのこと。この万年筆を使われていたのではないでしょうか。
 遺骨も遺品も戻らず、78年の時を経て父の万年筆を手にされ「父が戻ってきたようです。宝物です。」と満子さんは話されていました。この日は、衛さんが78年前に沖縄で戦死された命日でした。このめぐり合わせに、満子さんも我々スタッフも驚きました。
 東京は朝から雨が降ってましたが、帰りには上がっていました。7月1日から海軍壕で第3回目の調査を実施します。

   


娘の坂下満子さんに万年筆をお返ししました。
 


宮本衛さん。 32歳で亡くなられたそうです。
「とても優しい父でした」と満子さん。

 


万年筆に彫られていた「宮本」「MATSUI KISARAZU」等を手掛かりに
ご家族を探しました。

 


調査に参加した会員も立ち会いました。


2023年6月11日

通常総会・年度報告会を東京で開催しました
 沖縄での活動や、収容されたご遺骨を国がどのように扱っているのか、収容後の現状についてもお話ししました。
 


2023年5月14日

年度報告会開催のお知らせ(東京・6月)
 東京において年度報告会を開催します。
 昨年度空援隊は、沖縄で発掘収容を開始しました。日米の認識票が見つかり、それを両ご遺族に返還したり、5回実施した発掘収容に1000人近いボランティアが参加したりと、地元メディアも注目する前例のない活動と言われました。報告会では沖縄の活動を中心にお話し予定です。皆様のご参加をお待ちしております。ご参加ご希望の方は6月4日(日)までにご連絡下さい。

 ◎日時:2023年6月11日(日)午後1時
 ◎場所:京橋プラザ区民館(東京都中央区銀座1丁目25番3号)
     ・都営地下鉄 浅草線「宝町」駅    A1出口 徒歩5分
     ・東京メトロ  有楽町線「新富町」駅 2番出口 徒歩5分
 ◎連絡先(メール)office@kuuentai.jp
     (FAX)075-321-4607
     (電 話)075-321-4661


2023年5月3日
YouTubeに映像掲載
 YouTubeに『500人の遺骨収容 沖縄 陸軍第62師団野戦病院壕跡 ー多数の参加で進む活動ー』を掲載しました。どうぞご覧下さい。SNS等での拡散大歓迎です。

『500人の遺骨収容
沖縄 陸軍第62師団野戦病院壕跡
 ー多数の参加で進む活動ー』

日米の認識票の返還等「前例がない」と言われた1年間の活動の記録です。

(2023年3月)
空援隊YouTubeチャンネル
より)

※宜しければ、再生後、画面右下の「YouTube」ボタンをクリックしてご覧下さい

2023年4月20日
沖縄 戦没者遺骨収容・調査(2023年7月)参加者募集
 以下の日程で、沖縄において戦没者遺骨発掘・収容を実施致します。ご参加ご希望の方は、お早目にお問い合わせ下さい。
 【日程】2023年7月1日(土)-9日(日)
 【時間】基本8-17時
 【場所】旧海軍司令部壕 未公開箇所(豊見城市)

※①県外参加者と②県内参加者で参加条件等が異なります。

①沖縄県外から参加の方 ※基本、ご入会頂きます
 【参加条件】
  戦没者への哀悼の意を体現するため、滞在期間中、
  次の2つのルールを守れる方
   ・食事は食べ残さないこと
   ・禁酒
 【締め切り】
  (空援隊手配ご希望の方)2023年6月3日(土)
  (ご自身で手配される方)2023年6月10日(土)

②沖縄県在住の方
 【参加条件】
  1日以上、終日参加可能なこと
   ※その他はお問い合わせ下さい。
 【締め切り】2023年6月17日(土)

①②共通
 【服装・持物】長袖、長ズボン、軍手、タオル、帽子
        長靴等濡れても良い靴、強力なヘッドライトか懐中電灯
 【その他】昼食(弁当)・飲料を用意します。
 【参加方法】空援隊にメールか電話でお問い合わせ下さい。
       その際お知らせする参加条件にご同意頂いた方に
       参加申込フォームをお送りします。
       ※メールでお問い合わせ頂いた場合、通常3日以内に返信して
        います。もし3日経っても連絡がない場合は、お手数ですが
        お電話でお問合わせ下さい。
 【連絡・問合せ】
  (電話)075-321-4661
  (e-mail)office@kuuentai.jp

2023年4月9日
 沖縄遺骨収容 2023年4月⑨
 陸軍第62師団野戦病院壕跡の調査を本日終了しました。可能な範囲の調査をほぼ終え、最後に壕を完全封鎖しました。これ以後、この壕では調査を行いません。崩落や、天井や壁の亀裂等、回を重ねる度に危険性が増していたためです。9日間でのべ160人が参加し、土嚢袋1袋分の遺骨を収容しました。
 調査を開始したのは昨年4月。沖縄に駐留するアメリカ兵らにも声をかけ「日米合同」を掲げて調査を始めました。民間人も含めて多くの日本人が亡くなったと言われるこの壕で、2人のアメリカ兵も死亡し、そのアメリカ兵の遺族の依頼が調査のきっかけでした。「日米合同」を掲げたのは、アメリカ兵探しが調査の目的だったためです。全4回の参加者はのべ500人以上、そのうちアメリカ兵らがのべ130人以上でした。多くのアメリカ兵らが毎回参加する日米合同調査は前例がなく、また毎回約10日間活動し、参加者が100人から150人以上の大規模調査というのも前例がないそうです。参加者はアメリカ兵以外に、地元大学生、高校生、中学生、自衛隊有志、現地住民や現地協力者、市議会議員、県外からも協力団体や大学生、会員等々、多くのご縁を頂きました。その中には、この壕で亡くなったJohn Quinn兵士の甥、ラリーさんもいらっしゃいました。
 昨年9月の第3回調査で、Quinn兵士のドッグタグ(認識票)が見つかり、その3日後にラリーさんがNYから駆け付けました。アメリカ兵のドッグタグが見つかることも、アメリカ兵の遺族が遺骨収容に参加することも沖縄では前例がないそうです。
 そしてこの壕では日本兵の認識票も見つかりました。現地協力者等が休日に調査を続け、昨年暮れ、時田敏兵士の認識票を発見。その3ヵ月後の今年3月に、千葉県のご遺族に返還しました(『時田敏さんの認識票 遺族に返還 ー陸軍第62師団野戦病院壕跡ー』)。同じ壕から日米両方の認識票が見つかったことも、また、両方の認識票が日米の遺族に返ることも前例がありません。
 前例のないことが立て続けに起こった、まさに奇跡的な活動だったと改めて思います。そしてそれが可能になったのは、500人以上の参加者によるものだと強く感じます。一番最初に壕に入った際、かがまなければ通れないほど土砂がたまっていた場所や、大きな岩がいくつもありました。そんな全長70m以上の壕を、全4回の調査及び現地協力者の調査を併せ合計約1ヵ月以上、土砂を掘り、確認し続けた結果、壕構築時の姿が再現されました。活動終盤には、高さ約2m、横幅約2.5mの形が奥までずっと続いているのを、ライトに照らされて見ることができました。壕を広く感じることができたのは、皆さんが調査した結果で思わず唸り声がでました。
 私達の活動は続きます。沖縄にはまだ数千人以上の戦没者が残されています。そして海外には約112万人以上の未収容の戦没者が今も残されています。今後もご縁を頂いた方々と活動を続けます。活動の歩みが止まることはありません(時には走ることもあるかもしれません)。一緒に泥だらけ、汗まみれになる方々のご参加をお待ちしています。


本日の参加者は39人。全4回の調査で最大数でした。
奥でも作業を行っています。構築時の壕の形が綺麗に見えます。


手前は海兵隊ら米人、奥は地元大学生、
更にその奥には有志の自衛隊員や高校生も。
最終日も日米、様々な人達と一緒に作業しています。


資材の掃除


壕の入口を閉じるため昨日同様、最初に200個以上の土嚢を運び
最後も、壕を閉じるため土嚢を運びました。


「空援隊の活動は土嚢運びで始まり土嚢運びで終わる」との名言(?)を
常連の参加者から頂戴するほど毎回100個以上の土嚢を運びました。


最後に入口の前で祝詞奏上


今回収容した遺骨と共に集合写真
(前列の参加者が抱えている土嚢袋の中に遺骨が入っています)


調査を終えて完全閉鎖しました。
次回、旧海軍司令部壕で皆さんのご参加をお待ちしています。

2023年4月8日
 沖縄遺骨収容 2023年4月⑧
 本日は土嚢運びからスタート。約200個の土嚢を27人で運びました。かなり重い土嚢もあり、その重さに有志で参加している自衛隊員から思わず声が出ることも。運ぶ数は多いですが人数が多いと一気に運べます。 そして、作業も進み、残り約5mほどの範囲になりました。遺骨や遺留品も多数見つかっています。自衛隊有志に加え、南城市議会議議員の瑞慶覧長風さんや、沖縄県民、中学生、在沖アメリカ兵やその関係者らも参加しました。残り1日、掘り切ります。


人数が多い日はまず土嚢運びから、というのが恒例事業(?)となっています。




毎日参加されている在沖米軍関係者ら


南城市議会議員の瑞慶覧長風さんも、毎回参加下さっています。
ひたすら皆さんと一緒に作業をされていて市議だと知らない方も多いです。




2023年4月7日
 沖縄遺骨収容 2023年4月⑦
 70m以上の壕を、昨年3回と今回1週間掘り続けてきて、残り箇所が約15m程になりました。今日は歯のついた上顎も見つかりました。降り積もった深い土の中から、78年ぶりに日の当たる場所に戦没者をお迎えできて良かったです。残り2日、掘り続けます。


歯のついた上顎


皆さん笑顔ですが「作業している時は疲れを感じないのに
家に帰ると毎日バタンキューです」と参加者が話していました。


2023年4月6日

 沖縄遺骨収容 2023年4月⑥
 今年2月の海軍司令部壕調査から、少しずつ沖縄在住の参加者が増えてきています。一度参加してみたかったという方も多く、一度経験されたのでもう来られないかと思っていましたが、海軍壕調査の現地参加者のほとんどが今回も参加下さっています。また本日は東京都や神奈川県からも仕事の合間を縫って参加下さっています。活動後半、今日も遺骨や遺留品が見つかっています。皆さんと一緒に最後まで掘り切ります。



2023年4月5日
 沖縄遺骨収容 2023年4月⑤
 今日も大学生が主力でした。4日前に開始した岩の破砕が本日終了。厚さ60㎝以上、幅2m以上の岩、そして、いくつかの大きな岩を、4日間全て手作業で砕きました。懸念だった場所の調査に着手できます。遺骨収容はスコップ等で土を掘って探すイメージがありますが、その作業ができるようになるには、このような土木作業があって初めて可能になります。正直こんなに早く砕けるとは思いませんでした。参加者の皆さんのおかげです。
 また今日は僧侶も参加されました。これまで空援隊のサイパン慰霊祭に2回参加下さり、話を聞くだけでなく、実際に体験することで現状を知ろうと今回も一緒に汗を流して泥だらけになって下さいました。そして最後、壕で亡くなった戦没者にお経をあげて頂きました。


4日間の岩との格闘の末、大きな岩がなくなりこの下を調査できます。
既に遺骨や遺留品が見つかり始めています。


大学生も住職も一緒に作業をします。


松岡広也住職にお経をあげて頂きました


多くの大学生が参加し、休憩もそこそこに作業している姿に
松岡住職が驚かれていました。

2023年4月4日
 沖縄遺骨収容 2023年4月④
 「正直思っていたより大変でした」「今まで遺骨収容について聞いたことはあったけれど、それを実際に体験できて沖縄県民として良かったです」「遺骨がまだこんなに見つかるとは思いませんでした」
 これは初参加の大学生の感想です。今日は大学生が主力でした。朝一で100個以上の土嚢を運び、その後はひたすら、土をふるい、壕構築時の地面まで土をかいて運ぶ、言葉にするとこれだけの作業ですが、見るのとやるのとでは大きく違います。壕内はそれほど蒸し暑くないですが、重い土嚢運びは見た目以上に大変。「今日の作業で一番つらかった」との声も。また掘る作業は慣れない体勢も手伝って、すぐに汗が出て体力を消耗します。冒頭の感想を聞いて、実際に手や体を動かして汗をかいた人の率直な言葉だと感じます。
 そして岩の採掘作業3日目。一番大きい岩が砕けました。昨日から作業して下さっているアメリカ人と、大学生2人が取り組んで下さいました。「目に見えて結果が出るので楽しいです」と話す大学生は、手がしびれたと言いながらも「明日も2つ目に挑みます」とも。多くの人が参加して下さるから作業が進むと改めて感じています。


土嚢は見た目以上に重い。特に水分を含んでいると相当な重さ。


最初は骨の見分けがつきません。見続けて少しずつ分かります。


黒く焼けた骨


最初はこの大きさの岩でしたが


これが全部砕けました

2023年4月3日
 沖縄遺骨収容 2023年4月③
 本日も岩の掘削継続中です。岩の硬さにハンマーが壊れ、電動インパクトは歯が立たず・・・。作業に適した大きさのハンマーもなかったですが、今日は元海兵隊員が、1日中、格闘して下さいました。この壕では、日本兵だけでなくアメリカ兵も亡くなり、今回も日米合同で調査しています。
 そして亡くなったのは、日本兵やアメリカ兵だけでなく、女性や子供もいたと言われています。1日目の活動で紹介した口紅ケースに加え、今日、見つかったのは薄いあばら骨でした。これまで数多く遺骨を見てきた経験では、断定はできませんが、成人男性ではなく、女性もしくは子供の可能性があります。また昨年の第1回目からの調査から見つかっている黒く焼けた遺骨も今回も見つかっています。明日以降も、できる限り見つけたいと思います。


丸1日ハンマーを打ち続け、最後はさすがにお疲れの様子でした。
明日は誰かに代わってもらおうと思いましたが
帰り際「明日もまたやるから道具置かせてね」と笑顔で壕を後にされました。


この場所から薄いあばら骨や焼けた遺骨が見つかっています。

2023年4月2日
 沖縄遺骨収容 2023年4月②
 現場活動中の(も)スタッフの朝は早く、毎日集合場所に最初に行き参加者を出迎えます。けれども今朝は、昨年から常連参加の地元大学生と高校生がスタッフよりも先にスタンバイして下さっていました。その他の参加者も時間前に次々と到着。始まる前から気持ちが揃った気がしました。
 今日も、壕構築時の地面までを掘ることを目標に、ひたすら掘って土をふるうことを繰り返しました。今日も遺骨や遺留が見つかりました。また今日は大きな岩の破砕にとりかかりました。これまで懸念の場所でしたが、岩の厚さが約0.6m、幅が約2m以上あり、この場所をひとまずおいておいて、他の場所を優先して調査してきました。今回岩の周辺や下を掘ってみると遺骨や遺留品が見つかり砕くことに。といっても電動ドリルがあるわけではなく、ひたすら手作業。ハンマーでたがねを打ち付けました。ハンマーの音が途切れることがなかったと思い、作業終了後尋ねると、休憩をとらずに作業を続けられていたとのこと。3人でとりかかり半分近くの大きさになりました。できれば全部砕き、真下を調査したいと思います。


この厚さの岩を砕きます。


昼食をとるとすぐに壕に戻りハンマーを打ち付けていました。


昨年活動を開始した際には不慣れだった大学生も
毎回の参加で作業を任せられるベテラン組に。


2023年4月1日
 沖縄遺骨収容 2023年4月①
 昨年3回調査を行った陸軍第62師団野戦病院壕跡において、本日から活動を始めました。全長約70m以上の壕の徹底調査を行うことが目的です。「掘ってみなければどこから何が出るのか、もしくは出ないのかは分からないです」とお伝えして作業開始。遺骨、遺留品が見つかっています。


陸軍の構築壕の特徴と言われる四角に掘られた壕の形が見えます。
この場所から遺骨や様々な遺留品が出ています。
「休憩しましょうか」の声がけが不要かのように皆さん没頭され
作業終を伝えると「残業代要らないから残ります(笑)」と言う方まで。
明日も作業を続けます。

 
口紅が入っていたと思われるケース。裏に「新垣秀子」の名前が掘られていた。


2023年3月19日
YouTubeに映像掲載
 YouTubeに『遺族も参加 ー沖縄を世界初の遺骨のない島にー 第2回 旧海軍司令部壕遺骨収容』を掲載しました。どうぞご覧下さい。SNS等での拡散大歓迎です。

『遺族も参加 ー沖縄を世界初の遺骨のない島にー
第2回 旧海軍司令部壕遺骨収容』

旧海軍司令部壕(沖縄県)未公開箇所の戦没者遺骨収容の2回目。
ご遺族も参加した遺骨収容のレポートです。

(2023年3月)
空援隊YouTubeチャンネル
より)

※宜しければ、再生後、画面右下の「YouTube」ボタンをクリックしてご覧下さい

2023年3月9日
沖縄 戦没者遺骨収容・調査(2023年4月)参加者募集
 以下の日程で、沖縄において戦没者遺骨発掘・収容を実施致します。ご参加ご希望の方は、お早目にお問い合わせ下さい。
 【日程】2023年4月1日(土)-9日(日)
      ※4日(火)は休養日となる可能性があります。
 【時間】基本8-17時
 【場所】糸満市束里の野戦病院壕跡

※①県外参加者と②県内参加者で参加条件等が異なります。
①沖縄県外から参加の方(基本、ご入会頂きます)
 【参加条件】
  戦没者への哀悼の意を体現するため、滞在期間中、
  次の2つのルールを守れる方
   ・食事は食べ残さないこと
   ・禁酒
 【締め切り】
  (空援隊手配をご希望の方)2023年3月23日(木)
  (ご自身で手配される方) 2023年3月25日(土)

②沖縄県在住の方
 【参加条件】
  1日以上、終日参加可能なこと
   ※その他は、お問い合わせ下さい。
 【締め切り】2023年3月25日(土)

①②共通
 【服装・持物】長袖、長ズボン、軍手、タオル、帽子
        長靴等濡れても良い靴、強力なヘッドライトか懐中電灯
 【その他】昼食(弁当)・飲料を用意します。
 【参加方法】空援隊にメールか電話でお問い合わせ下さい。
       その際お知らせする参加条件にご同意頂いた方に
       参加申込書をお送りします。
       ※メールでお問い合わせ頂いた場合、通常3日以内に返信して
        います。もし3日経っても連絡がない場合は、お電話でお問
        い合わせ下さい。
 【連絡・問合せ】
  (電話)075-321-4661
  (e-mail)office@kuuentai.jp

2023年2月27日

沖縄遺骨収容 第2回旧海軍司令部壕 未公開箇所調査 2023年2月 撤収日
「見つからなくて良かった」それも成果

 本日は道具を現地協力者に返却し、遺留品を海軍壕にお渡しして現場を撤収しました。そして、ご遺骨を戦没者遺骨収集情報センターにお預けました。
 今回集中的に調査した場所は、未公開箇所の中でも水分を多く含んでどろどろで、非常に確認しにくい場所でした。遺留品の数も少なく、遺骨が見つからなかった場所ですが皆さん探し続けました。遺留品の中には氏名が記載されているものもあり、平和祈念公園で検索すると地域や氏名が一致する方が見つかりました。もしかしたらご遺族を探せるかもしれません。
 今回多くの土を確認しましたが、収容した遺骨は前回よりも少なかったです。そのことを長年活動されてきた参加者にお話しすると「それで良いんですよ。遺骨が放置されていなかったのだから。放置されてなくて良かったよ。遺骨がなかったことが分かったこと、それが成果。」とおっしゃいました。見つからなければ成果ではないと思わる方もいらっしゃるかもしれませんが、探すべき場所を確認して「遺骨がなかったことが分かったこと」これも大きな成果であることが腹にストンと落ちました。遺骨が見つからなくて良かった、放置されていなくて良かった、心からそう思えました。
 途方もない量の土がまだまだ残っています。遺骨や遺留品があるかどうかは、やってみなければ分かりません。とにかく手を動かし続けるしかありません。多くの人が参加すれば戦後78年の間埋まっていた戦没者や遺留品をいち早く収容することができます。宜しければ次回のご参加お待ちしています、一緒に手を動かしましょう(楽な作業ではないかもしれませんが、84歳の方も参加されました!)。


水が湧き出しどろどろの土


氏名が刻まれた筆箱


氏名が刻まれた万年筆


氏名が刻まれた万年筆


最終日に見つかった銃弾。遺骨や歯も見つかり
今後も調査の必要性を強く感じました


多くの土砂がたまった通路
多くの方が参加すれば遺骨や遺留品をいち早く見つけられます。
待ち続ける御遺族もいらっしゃいます。


2023年2月26日

 沖縄遺骨収容 第2回旧海軍司令部壕 未公開箇所調査 2023年2月⑧
 本日は活動最終日。今回と前回で終わったのは未公開箇所150mのうちの約50m。まだ約100m以上が残っており、大量の土砂の調査が今後も必要です。
 遺骨や遺留品を待ち続けるご遺族がいらっしゃいます。そして何より78年以上のこの壕で土に埋もれた人達がもしかしたらいらっしゃるかもしれません。この場所の存在を知ってしまった以上、放っておくことできません。今後も調査を続けます。多くの人のご協力が必要です。次回のご参加をお待ちしています。


収容された遺留品を見る参加者。
見つけた際は土や泥まみれだったり、壕内が暗かったりするため
どんな遺留品を収容したか分からない。泥を落としてみて
貴重な遺留品だったことに気付くことも多い。


今回見つかった遺骨(一部)と遺留品(一部)
アンプルが多く見つかった地点もあった。


最後、入り口を土嚢でふさぎました。




2023年2月25日

 沖縄遺骨収容 第2回旧海軍司令部壕 未公開箇所調査 2023年2月⑦
 未公開箇所150mの中には、這ったりかがんだりしないと通れないほどの大量の土砂があります。その中の、どこに何があるのかは掘ってみなければ分かりません。多くの土砂を確認しても何も出てこないことも多いですが「ないことを確認する」ことも重要です。参加者されたご遺族とお話をしていて「遺骨があるかもしれないから探したい」という強い思いをお聞きしました。遺骨や遺留品が出てくることに関心が寄せられがちですが、遺骨収容活動は、未調査場所を調査して「ここにはもうないことを確認」する作業でもあります。
 手を入れるのを躊躇うどの泥や水分を含んだ土砂が多いですが、残り1日皆さんで調査を行います。




2023年2月24日

 沖縄遺骨収容 第2回旧海軍司令部壕 未公開箇所調査 2023年2月⑥
 今回の調査も日米合同で実施しています。参加の理由や思いは各々異なりますが、戦没者の遺骨を探すというただ一つの目的のため、国籍や立場、肩書関係なく黙々と作業されています。
 「遺骨収容が日米合同で行われていることに感動しています」と話す初参加者。「国籍の隔てなく、ご遺族に心の安らぎが訪れてほしいと思って活動しています」と語る米人参加者。「かつて敵味方に分かれて戦った日米が、戦後78年たって一緒に活動していることも良かったです」と話すご遺族の荒川恒光さん(海軍の通信兵だったお父様は大田司令官の電文をこの壕から打電したと言われています)。
 気の遠くなるような量の土砂がまだまだあり、そこから遺骨や遺留品を探すのは非常に労力を要します。それでも、参加者の思いが活動の原動力なっています。残り2日、参加者や支えて下さる方々の思いと共に活動を進めていきます。


日米の参加者が狭い場所をうまく共有しながら作業していました。


今日は期間中1番人数が少ない日でした。皆さん協力して作業を進めました。

2023年2月23日

 沖縄遺骨収容 第2回旧海軍司令部壕 未公開箇所調査 2023年2月⑤
 本日は30人以上が参加しました。遺骨収容の現状を実際に体験して知りたいと、県議会議員や市議会議員もいらっしゃいました。現場に到着早々、他の参加者と一緒に大きな石や土嚢袋を運び、山積みの土砂から泥らだけになってご遺骨や遺留品を探していらっしゃいました。
 この壕でお父様をなくされた荒川恒光さんは今日が最終日でした。84歳の年齢を感じさず3日間ずっとお元気で活動されていました。「体力の続く限りまた参加します」と笑顔で現場をあとにされたのが印象的でした。


左から南城市議の瑞慶覧長風さん
沖縄県議の当山勝利さん、玉城健一郎さん、山里将雄さん



2023年2月22日

 沖縄遺骨収容 第2回旧海軍司令部壕 未公開箇所調査 2023年2月④
 昨日貫通させた通路の整備をしていると、地表にご遺骨がいくつもありました。また遺留品も散乱していました。参加されているご遺族は「掘っていないのにご遺骨が見つかるということは、堆積した土砂の下にはもっとあるでしょうね」と話されていました。


荒川恒光さんのお父さんは海軍の通信兵で、大田司令官の電文をこの壕から打電したと言われている


新垣元さんの叔父さんは海軍兵で沖縄で戦死された。


新垣元さんの94歳のお母さんが訪問された。
「兄は上官に仕えていたためここで亡くなった可能性が大きい」と
話されていました。

2023年2月21日

 沖縄遺骨収容 第2回旧海軍司令部壕 未公開箇所調査 2023年2月③
 未公開箇所の奥は土砂で通路が塞がり、空気が流れにくくなっています。そこで、日米のボランティア、そしてお2人のご遺族と共に、土砂を崩しながら通路を貫通させました。皆さん泥だらけでした。 


壕の入口の鉄格子を外すのに大阪支部長が活躍しました。


2023年2月20日

 沖縄遺骨収容 第2回旧海軍司令部壕 未公開箇所調査 2023年2月②
 本日は遺骨や遺留品を探しつつ、作業場所の整備をしました。
 遺骨を探すには事前整備も必要です。地道な作業ですが、作業を分担して協力しあうことで本日までに整備が終わりました。「どうしたらスムーズに作業が進むのか、参加者それぞれがすぐに考えて工夫するので作業がはかどります。皆さんのモチベーションが高いからこそですね。」と参加者が仰っていたのが印象的でした。

 



2023年2月19日

 沖縄遺骨収容 第2回旧海軍司令部壕 未公開箇所調査 2023年2月①
 旧海軍司令部壕の未公開箇所において第2回遺骨発掘収容を開始しました。県内外から総勢36人のボランティアが参加しました。今回はご遺族も参加され、8日間活動します。
 前回調査で収容した薬きょうから見つかった海軍陸戦隊の編成表(名簿)に載っていた、渕上正治さんの娘の久美子さんが鹿児島から訪れ、活動をご覧頂きました。薬莢見つけたグループの参加者ともお父さんについてお話しされ、編成表が見つかった壕でお父様を偲ばれている背中は、ここを離れるのがとても名残惜しそうでした。
 ※久美子さんが昨日海軍壕を訪れた記事が沖縄タイムスに掲載されました。また本日は県内のTV局3社も取材に来ました。記事や放送につきましてはメディア情報をご覧下さい。



2023年2月10日
YouTubeに映像掲載
 YouTubeに『戦後78年 編成表が結ぶ戦没者と遺族 ー空援隊レポート 旧海軍司令部壕調査その後ー』を掲載しました。どうぞご覧下さい。SNSでの拡散大歓迎です。

『戦後78年 編成表が結ぶ戦没者と遺族
ー空援隊レポート 旧海軍司令部壕調査その後ー』

昨年2022年10月に空援隊が実施した、沖縄県の海軍壕遺骨調査で収容された砲弾の薬きょうから見つかった海軍陸戦隊の編成表。そこに記載されていた沖縄県出身の軍人のご遺族が、編成表と対面しました。

(2023年2月)
空援隊YouTubeチャンネル
より)

※宜しければ、再生後、画面右下の「YouTube」ボタンをクリックしてご覧下さい

2023年2月10日
映画祭入賞のご報告
 1月に沖縄県那覇市で開催された「沖縄NICE映画祭」にて、空援隊の沖縄遺骨収容活動を取り上げたドキュメンタリー映像『77年ぶりに見つかった米兵のドッグタグと遺族の訪問、そしてー 遺骨の残る沖縄で 日米合同遺骨収容2022年9月』が「NICE沖縄賞」を受賞しました(後日、映像をYouTubeに再掲載します)。今後も少しでも多くの方に遺骨収容の現状を知って頂けるような作品作りに努めます。

「NICE映画祭 各賞発表・詳細」



2023年1月19日
沖縄 遺骨収容・調査(2023年2月)参加者募集
 以下の日程で、沖縄において「第2回旧海軍司令部壕 未公開箇所 遺骨収容・調査」を実施致します。ご参加ご希望の方は、お早目にお問い合わせ下さい。
 【日程】2023年2月19日(日)-26日(日) ※3泊以上
 【参加条件】
  戦没者への哀悼の意を体現するため、滞在期間中、
  次の2つのルールを守れる方
   ・食事は食べ残さないこと
   ・禁酒
   ※安全確保のため、スタッフの指示に従って下さい
 【締め切り】
  空援隊でのご手配をご希望の方は
  2023年2月10日(金)までにご連絡下さい。
 【連絡・問合せ】
  (電話)075-321-4661
  (e-mail)office@kuuentai.jp

2022年11月20日
活動報告会開催
 東京で活動報告会を開催しました。沖縄で7月、9月、10月に実施した遺骨発掘収容について、映像や写真をご覧頂きながらお話ししました。今後も多くの皆様のご参加お待ちしております。




遺留品や、活動を取り上げた新聞記事等もご覧頂きました。

2022年10月05日
YouTubeに映像掲載
 YouTubeに『戦後77年 海軍壕から多数の遺骨 ー300人参加の遺骨収容 沖縄ー』を掲載しました。どうぞご覧下さい。拡散大歓迎です。

『戦後77年 海軍壕から多数の遺骨 —300人参加の遺骨収容 沖縄—』
海軍壕遺骨収容で多くの遺骨が見つかりました。

(2022年10月)
空援隊YouTubeチャンネル
より)

※宜しければ、再生後、画面右下の「YouTube」ボタンをクリックしてご覧下さい

2022年11月13日

活動報告会開催のお知らせ(東京・11月)
 東京において活動報告会を開催します。沖縄で7月、9月、10月に実施した遺骨収容活動を中心にお話しする予定です。9月の調査では、戦死したアメリカ兵の認識票を発見し、数日後にアメリカからご遺族が訪れました。また10月には旧海軍司令部壕で遺骨収容を実施し、のべ300人以上のボランティアが参加し、予想以上に多くのご遺骨や遺留品を発見しました。皆様のご参加をお待ちしております。ご参加ご希望の方は11月17日(木)までにご連絡下さい。

 ◎日時:2022年11月20日(日)午前9時30分-12時
 ◎場所:銀座区民館(東京都中央区銀座4丁目13番17号)
     ・東京メトロ 日比谷線「東銀座」駅5番出口 徒歩2分
     ・都営地下鉄 浅草線 「東銀座」駅3番出口 徒歩3分
     ・東京メトロ 銀座線 「銀 座」駅A7出口 徒歩10分
 ◎連絡先(メール)office@kuuentai.jp
     (FAX)075-321-4607
     (電 話)075-321-4661


2022年10月31日

沖縄遺骨収容 旧海軍司令部壕2022年10月⑧ ご遺骨を預けました
 

 9日間の活動で収容したご遺骨を、遺骨収集情報センター(平和祈念公園内)に預けました。毎回言われることですが、いつ国が鑑定するかは未定だそうです。




今回収容した遺骨

 旧海軍司令部壕の未公開箇所は、遺骨収容に携わってきた人たちが、以前より調査する必要があると思っていた箇所だったそうです。とはいえ過去に複数回遺骨収容が行われていたため、見つかる遺骨は少ないと思っていました。けれども実際に見つかったのは上記の通りでした。
 今回調査した箇所は全体の1/5。今後も引き続き調査しますので、ご参加お待ちしております。
 私達の活動は、会費と寄付、そして役員の持ち出しで何とか継続しております。宜しければご支援をご検討頂きたくどうぞ宜しくお願い致します。



2022年10月30日

沖縄遺骨収容 旧海軍司令部壕2022年10月⑦最終日


 10月22日から実施してきた活動最終日。未公開部分150mのうちの30m部分を地面まで掘り出して完掘しました。9日間で参加者はのべ300人以上。中学生、高校生、大学生、ボランティアの自衛隊員、本土からの参加者、若手神職40人のグループ、最高齢の80歳、そして在沖アメリカ人やアメリカ本土からも参加し、目の高さ以上にあった土砂から、多くの遺留品、そして約15体(推定)のご遺骨を探し出しました。


 ↑最初は入り口から奥まで土が積もり、多いところでは1.5mくらい積もっていました。
  この場所の土を掘り出し、ふるって77年前の通路を出しました。↓



 ↑掘る前は、かがまないと入れないくらい土砂が積もっていました。
 ↓全ての土砂を確認し、土嚢に入れ、この場所を土嚢で埋めました。


2022年10月29日

沖縄遺骨収容 旧海軍司令部壕2022年10月⑥4mの範囲で見つかった遺骨


 以下の写真は4mの範囲で見つかった遺骨です。これらは、今までに見つかった遺骨の一部で、様々な場所から遺骨が見つかっています。





 一方、今日は皆さんで一日かけて土をふるいましたが遺留品も遺骨もあまり見つかりませんでした。活動していればそのようなことも多々あります。重い土を掻き出して、運びだし、ふるいに載せ、水分を含んだ粘土のように固まった土から骨や遺留品を探す作業は思っている以上に体力を消耗します。何も見つからないと特に疲労を感じますが、参加者が「自分達のこの作業が次の活動に繋がるんですね」とお話しされていて実際に汗まみれ泥だらけになって活動することでしか実感できない言葉だと感じました。明日は最終日です。

2022年10月28日

沖縄遺骨収容 旧海軍司令部壕2022年10月⑤若手神職ら40人が参加
 本日は神道青年会全国協議会の神職、全国氏子青年協議会の方々39人が参加されました。4日前に大腿骨が見つかった近くで、別の方の大腿骨や脛骨、肋骨等が見つかりました。最後、皆さんで祓詞(はらえことば)を上げて頂きました。





2022年10月27日

沖縄遺骨収容 旧海軍司令部壕2022年10月④活動、中日
 朝一で壕を確認すると、昨日まで主力として活動して下さった学生さんたちからのメッセージが残されていました。場所が狭い、土嚢は外に出せない、道具も限られる数しかない等、色々制約が多い中でも最後までしっかり作業をして下った皆さんの思いも引き継いで、最終日の今週日曜日まで頑張ろうと元気をもらえたメッセージでした。8人の学生さんどうもありがとうございます!



 また本日は地元テレビ局2社が取材に訪れました。昨日訪れた沖縄タイムス朝刊に記事が掲載されました。
 『「まだこんなに残されているとは…」続出する遺骨に驚く収集ボランティア 沖縄の旧海軍司令部壕』
 OTV(沖縄テレビ)は本日のお昼と夕方のニュースで放送されたそうです。
 『未公開箇所で遺骨収集 旧海軍司令部壕 豊見城市』



2022年10月25日

沖縄遺骨収容 旧海軍司令部壕2022年10月③多くの遺骨が見つかっています
 昨日は大腿骨等大きな骨が見つかりました。場所は観光通路のすぐそば。5cmほど掘った場所から見つかりました。参加者からは「観光客が見る場所に長年埋まっていたとは」「こんなにたくさん遺骨が見つかるとは思っていなかった」と驚きの声が聞かれています。作業は続きます。








2022年10月23日

沖縄遺骨収容 旧海軍司令部壕2022年10月② 57人のボランティアが参加
 本日は57人の方々が参加されました。高校生、大学生、県外からの参加者、在沖アメリカ人等、顔触れは様々です。皆さんの力が合わさり、作業が予定以上に進みました。ご遺骨・遺留品も次々と見つかっています。







2022年10月22日

沖縄遺骨収容 旧海軍司令部壕2022年10月①遺骨収容開始
 沖縄県において、今年4回目の遺骨収容を本日から開始しました。
場所は旧海軍司令部壕の未公開部分約150m。総勢42人が参加し遺骨や遺留品が見つかっています。







2022年10月05日
YouTubeに映像掲載
 YouTubeに『77年ぶりに見つかった米兵のドッグタグと遺族の訪問、そして― 遺骨の残る沖縄で 日米合同遺骨収容2022年9月』を掲載しました。どうぞご覧下さい。拡散も大歓迎です。

『77年ぶりに見つかった米兵のドッグタグと遺族の訪問、そして―
 遺骨の残る沖縄で 日米合同遺骨収容2022年9月』

沖縄の遺骨収容で米兵のドッグタグ(認識票)が見つかり、その数日後にアメリカから遺族が沖縄を訪れました。前例のない活動の記録です。

(2022年9月)
空援隊YouTubeチャンネル
より)

※宜しければ、再生後、画面右下の「YouTube」ボタンをクリックしてご覧下さい

2022年09月12日

沖縄遺骨収容2022年9月③ QUINN兵士の甥のラリーさんが壕を訪問
ドッグタグが家族のもとに

 77年前に亡くなったJohn QUINN兵士の甥のラリー・パレノさんが、おととい、壕を初めて訪れました。沖縄の遺骨収容活動において、米兵の親族が、自分の身内が亡くなった場所で遺骨収容に参加するのは、戦後77年の間でおそらく初めてのことだと思います。
 ニューヨークから前日の夜遅くに沖縄入り。翌日は朝7時前には宿を出発するという非常にハードスケジュール。他の参加者が到着する前に、4日前にQUINN兵士のドッグタグが見つかった場所に立たれました。初めての海外旅行で時差ボケもきつく、また沖縄のテレビ局3社と新聞社1社からの取材を受けて、気持ちの整理が全くつかないようでした。


認識票が見つかった場所を訪れるラリーさん。
湧き上がる気持ちを整理しきれず言葉にならない様子でした。



非常に蒸し暑い壕の中で、参加者と一緒に大きな石や土嚢袋を運ぶラリーさん。
テレビ局のカメラマンらがその様子を撮影していました。


 昨日は活動最終日。壕を後にする前に、生前QUINNさんの父(ラリーさんの祖父)が、亡くなったQUINNさんを思い書いた詩を、認識票が出た場所にラリーさんが埋め、参加者全員でそれを見守りました。

 そして本日は平和祈念公園(糸満市摩文仁)を訪問。在沖米軍基地から司祭にお越し頂き、急遽、慰霊祭が営まれました。そしてその様子をオンラインでアメリカとつなぎ、ラリーさんの親族と、壕で亡くなったもう一人のアメリカ兵のご遺族が見守りました。
 その後、QUINN兵士の名前が刻まれた平和の礎の前で、QUINN兵士のドッグタグと、そのそばで見つかった海兵隊の指輪、4月の調査で見つかった1926年製(QUINN兵士が生まれた年)の25セント銀貨をラリーさんに返還しました。

QUINN兵士の認識票、海兵隊の指輪、25セント銀貨が77年ぶりに親族のもとに帰りました。
それらを入れる桐の箱は日本人ボランティアが用意下さいました。


 集まったメディアに対してラリーさんは「認識票の近くで遺骨が多数見つかった。日本政府に早急な鑑定を望む。」と話していました。
 尚、厚労省が遺骨の鑑定をするのは、遺骨が見つかった時期に関わらず、翌年の1月以降だと関係者は話します。私達はこの壕で4月、7月に調査を行い、いずれの回でも多くの遺骨を見つけましたが、まだ鑑定が行なわれていません。ただし、それらの遺骨が1月以降に鑑定されるわけではないという話も聞いています。沖縄で見つかったある遺骨は、氏名が分かる遺留品とともに見つかり、鑑定ができる部位も十分な量もあり、ご遺族も判明しているにもかかわらず、厚労省が鑑定に取り掛かるまでに10年以上かかったそうです。
 2016年に施行された「遺骨収集推進法」では、国は早期の遺骨収容・返還に努めると述べています。これまで私達がこの壕で収容した遺骨には日本人の遺骨も多く含まれており、日米の遺骨を判定するためにも、まずは「同位体比分析」による早急な鑑定を求めます。

これほど多くのメディアの取材を受けたことがなく、非常に緊張されていました。
遺骨収容に関わった日米の参加者に対する感謝の言葉を繰り返し述べられていました。

2022年09月9日

沖縄遺骨収容2022年9月② 壕で亡くなった米兵の親族が明日壕を訪れます!
 77年前の1945年6月29日、私達が現在活動している壕で、2人のアメリカ海兵隊員が亡くなりました。その一人、John Quinn兵士の甥のラリーさんがニューヨークからお越しになり、明日から一緒に活動することになりました。
 かねてからラリーさんは、おじさんのQuinnさんが亡くなった沖縄を訪れたいと思っていたそうです。ようやくコロナが落ち着き、今回の参加を希望されていましたが、コロナの影響で入国の事前申請がかなり煩雑になり、前向きな気持ちにためらいが生じていたようでした。そんな中、数日前にQuinnさんのドッグタグが見つかり、すぐに飛行機のチケットを取って昨晩ニューヨークを出発。22時間のフライトを経て沖縄に到着されました。
 61年間の人生でこれが初の海外旅行とのこと。明日壕に入り、ドッグタグが見つかった場所を参加者と一緒に掘る予定です。
 4月、7月、そして今回の日米の参加者の活動が、ラリーさんの訪問につながったと強く感じます。これまでの参加者全員とラリーさんを一緒にお迎えする心持です。また、直接参加されなくとも、戦没者に心を寄せる支援者の応援があって活動が成り立っています。
 日米それぞれの戦没者が少しでも早く祖国に帰れるように明日からも活動して参ります。

昨日はドッグタグが見つかったそばで地元の大学生らが発掘。多くの遺留品や遺骨を見つけた。


本日は上記場所で、有志の自衛隊員が頭蓋骨を見つけました。


 

20mの距離を何十回と往復して廃土を運んで下さった。

お茶碗がきれいに出て大喜びの米空軍兵士。仕事を休んで毎日参加下さっています。



2022年09月06日

沖縄遺骨収容2022年9月① 壕で亡くなった米兵のドッグタグ他発見
 4月及び7月に発掘調査を実施した62師団野戦病院壕跡において、9月3日から調査を再開しました。この壕では民間人を含めて多くの日本人が亡くなりました。そして2人のアメリカ兵(海兵隊員)も亡くなり、遺体は壕に残されました。
 その2人のアメリカ兵のうちの1人John QUINN兵士のドッグタグ(認識票)が本日見つかりました。沖縄の遺骨収容の現場で、アメリカ兵のドッグタグ(認識票)が見つかることは「聞いたことがない」と沖縄で長年遺骨収容に携わってきた関係者は話しています。そしてそれ以外にもドッグタグのそばから、遺骨、海兵隊の指輪等々が見つかりました。2人のアメリカ兵は海兵隊員です。また昨日はそれらが出たそばからアメリカ製の靴底も見つかりました。
 私達がこの壕を発掘調査するきっかけとなったのは、Quinn兵士の遺族からの依頼でした。ドッグタグが見つかったことを早速NYのご遺族に知らせると「信じられない!」を何度も繰り返し言葉にならないようでした。
 今回の調査も日米合同で実施しています。今日の参加者はアメリカ兵で、彼らもとても喜んでいました。日本人の遺留品も出ていますので、日米両方の遺骨を77年ぶりに掘り起こせるように明日からも調査を続けます。

一番上から2番目にかけて「QUINN JOHN B. JR」の名前。一番下の「USMCR」が米海兵隊を指す。


海兵隊の指輪 上の円内にUNITED STATES、下の円内にMARINEの文字が読める


 

↑昨日見つかったアメリカ製のブーツのソール。大きいサイズでアメリカ人の可能があったため
刻まれた文字を確認したところアルファベットが読めた。
↓参加者のアメリカ人に読んでもらったところ「WAR PATION SOLES」と記載されていた。
WEBで調べたところ戦前のものとのこと。


彼らがドッグタグ等を見つけた。本日は多くの遺骨や遺留品が見つかった。



2022年08月24日
YouTubeに映像掲載
 YouTube『それぞれの視線の先 -戦没者の遺体収容-』を掲載しました。どうぞご覧下さい。拡散も大歓迎です。

2015年サイパン遺骨収容の記録。それぞれの視線のその先にあるものとは。
空援隊YouTubeチャンネルより)

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2022年8月8日
沖縄 遺骨収容・調査(2022年9月)参加者募集
 以下の日程で、沖縄において遺骨収容・調査を実施致します。ご参加ご希望の方はお問い合わせ下さい。
 【日程】2022年9月3日(土)-11日(日)
 【参加条件】
  滞在期間中、次の2つのルールを守れる方
   ・食事は食べ残さないこと
   ・禁酒
   ※安全確保のため、スタッフの指示に従って下さい
 【締め切り】
  
2022年8月20日(土)
 【連絡・問合せ】
  (電話)075-321-4661
  (e-mail)office@kuuentai.jp

2022年08月08日
YouTubeに映像掲載
 YouTubeに『-私達が参加した理由、そして- 遺骨の残る沖縄で 日米合同遺骨収容 2022年夏』を掲載しました。どうぞご覧下さい。拡散も大歓迎です。

『-私達が参加した理由、そして-
 遺骨の残る沖縄で 日米合同遺骨収容 2022年夏』

戦後77年、日米合同遺骨収容に参加した人の「率直な」思い

(2022年7月)
空援隊YouTubeチャンネルより)

※宜しければ、再生後、画面右下の「YouTube」ボタンをクリックしてご覧下さい

2022年07月20日
YouTubeに映像掲載
 YouTubeに『沖縄 束辺名野戦病院壕 遺骨収容の記録(2022年7月)-この壕の日米戦没者・ご遺族へ-』を掲載しました。どうぞご覧下さい。拡散も大歓迎です。

『沖縄 束辺名野戦病院壕 遺骨収容の記録(2022年7月)
-この壕の日米戦没者・ご遺族へ-』

戦後77年、日米協力して戦没者を探す活動の記録

(2022年7月)
空援隊YouTubeチャンネルより)

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2022年07月14日

沖縄遺骨収容2022年7月④
 7日間の活動が終了しました。今回、在沖アメリカ兵・軍関係者、自衛隊有志、地元の大学生・高校生、中学生・小学生のアメリカ人姉弟、神職、市会議員、アーティスト、協力団体や協力者、等々…合わせて49人、のべ132人が参加しました。収容した遺骨は土嚢袋約1袋分、遺留品は約4袋分でした。
 年齢、職業、国籍、それぞれ背景の異なる参加者が、ひとたび壕に入れば、それらを超えて協力します。特別難しいことをしているわけではありませんが、戦没者を探す思いが行動に表れるようで、言葉がなくとも思いが伝わってきます。そして、その思いは海を超え、アメリカの遺族にも伝わったようでした。
 最終日、全ての作業を終えて、オンライン中継で再び遺族と現場をつなぎました。神職が祝詞をあげられた後、アメリカ兵が日本人戦没者に、そして自衛隊員がアメリカ人戦没者に花を捧げました。遺族らは「参加者に心から感謝します」と何度も何度も述べられていました。
 4月に実施したこの壕での最初の発掘収容が、この活動が広がる大きな第一歩となり、その参加者を含めて一つのチームであり、誰一人欠けてもこの活動ができなかったと改めて感じます。参加者の皆さんそれぞれの思いが、距離を超えてアメリカの遺族に伝わり、そして彼らの思いを私達も受け取ることができました。この壕での発掘は次回に続きます。ここから遺骨がなくなったと言えるよう、次回もしっかり調査したいと思っています。
 最後、現場から引き上げる際、いつもは少しぶっきらぼうで口数の少ない方が「本当に良いものをみせてもらいました」と一言声をかけて下さったことが印象に残りました。


4月の参加者含め、この活動に関わって下さった全ての参加者に御礼申上げます。

2022年07月11日

沖縄遺骨収容2022年7月③
 今回、在沖アメリカ兵や軍関係者、自衛隊員有志も多数参加し、かつて敵味方別れた戦った人達が共に協力して活動しています。また土日は、各日28人、33人が参加。高校生、大学生、休暇で沖縄に来る数日前に活動を知って急遽参加した方等々も。
 初めて会った人たちいきなり一緒に活動して頂いてますが、蒸し暑い中、地面に這いつくばり、同じ目的のため一緒に泥まみれ汗まみれになると、言葉を多く交わさずともぐっと相手との距離が近くなるようです。遺骨を探すには土の状態が悪いですが、参加者の前向きな思いが活動を前進させるようで、遺骨や遺留品が毎日次々に見つかっています。


沖縄遺骨収容2022年7月②
 アメリカ本土と日本とをインターネットで繋ぎ、この壕で戦死したアメリカ兵の親族たちと話をしました。
 沖縄戦が終結された(とされる)日から数日後、この壕に入ってきたアメリカ兵が日本兵に撃たれました。その直後に急行したアメリカ軍は、彼らの救出を試みましたが、日本兵の頑強な抵抗により、2人のアメリカ兵の遺体を残したまま、壕の入り口が爆破されました。
 その兵士のうちの一人、Quinn兵士のドッグタグが1993年に壕入口で見つかり、その親族とこの日話をしました。本年4月の調査では、アメリカ兵と思われる遺骨も見つかり、親族らは「日本政府に早急なDNA鑑定を求める」と話しました。そして「親族一同、皆さんの活動に心から感謝しています」と、ボランティアのメンバーたちに謝辞が伝えられました。戦没者の帰りを心から願う親族たちの思いに直に触れた時間でした。
 

アメリカの7か所から親族がオンライン中継に参加。現場を目の前に感激されていました。


2022年07月07日

沖縄遺骨収容2022年7月①
 4月に調査を実施した62師団野戦病院壕跡において、発掘収容調査を再開しました。今回も在沖アメリカ兵や軍関係者らも参加する日米合同チームです。
 早速スコップで土を掘って・・・と意気込んでいた参加者もいましたが、今日の作業はひたすら土嚢づくり。「遺骨収容なのに土木作業?!」という声も若干聞かれましたが、発掘するためには、作業できるように準備をする必要があります。これがなかなかの重労働。それでも、初めて会った日米の参加者がチームワークよく大量の土嚢を作って下さいました。

スコップ持って遺骨を探す!と意気込んでいた参加者は若干肩透かしだったとか?!


2022年6月19日
総会、年度報告会開催
 東京で総会と年度報告会を開催しました。
 新型コロナウィルス蔓延の影響で、2年以上現地調査活動が実施できませんでしたが、今年に入り沖縄で本格的に活動を再開しました。今後、沖縄が主戦場の一つになること、今後の空援隊の目標、次の世代にバトンを渡すこと等をお話ししました。



2022年5月20日
沖縄 遺骨収容・調査(2022年7月)参加者募集
 以下の日程で、沖縄において遺骨収容・調査を実施致します。ご参加ご希望の方はお問い合わせ下さい。
 【日程】2022年7月7日(木)-13日(水)
 【参加条件】
  滞在期間中、次の2つのルールを守れる方
   ・食事は食べ残さないこと
   ・禁酒
   ※安全確保のため、スタッフの指示に従って下さい
 【連絡・問合せ】
  (電話)075-321-4661
  (e-mail)office@kuuentai.jp



2022年05月20日
YouTubeに映像掲載
 YouTubeに「日米合同遺骨収容 -遺骨の残る沖縄で-」を掲載しました。英語版も掲載しています。どうぞご覧下さい。拡散も歓迎です。

『日米合同遺骨収容 -遺骨の残る沖縄で-』
沖縄で、おそらく初めてアメリカ兵らも参加した遺骨収容の記録。
(2022年4月)
空援隊YouTubeチャンネルより)


※再生後、画面右下の「YouTube」ボタンをクリックしてご覧下さい

英語版はこちら↓English Version
“Japan-U.S. Joint Recovery for the WWII Remains
in Okinawa”

空援隊YouTubeチャンネルより)


※再生後、画面右下の「YouTube」ボタンをクリックしてご覧下さい


2022年04月26日

沖縄遺骨収容2022年4月③(主催:NPO法人沖縄戦没者遺骨協議会)
 現場活動最終日を迎えました。
 約1週間で収容したご遺骨は土嚢袋約2袋分(具体的な数は未定)、遺留品は土嚢袋約7袋分見つかりました。また参加者はのべ105人、そのうち在沖アメリカ軍人や関係者らが約27人参加しました。

 収容したご遺骨は、戦没者遺骨収集情報センターにお預けしました。今回の壕は米軍資料にアメリカ兵が銃撃され、遺骨がそのまま残されたと記載された場所で、実際に25セント硬貨や折り畳み式ナイフの刃等、当時の日本人が持っていないと思われる遺留品も見つかりました。そのため、お預けした遺骨にアメリカ人の遺骨が混じっている可能性が非常に高く、鑑定においては、その点に留意し鑑定してほしい旨をセンター長に申し入れました。センター長は「(鑑定を行う)厚労省にその旨伝えます」と話しました。


アメリカ兵のものと思われる遺留品 速やかな鑑定が待たれます


 遺留品の中には、先日ここでお知らせした「植田」さんの印鑑以外にも2つの印鑑が見つかりました。「光島」印と「増田」印です。お心あたりの方がいらっしゃいましたら空援隊までご一報頂けますようどうぞ宜しくお願い致します。見つかった場所は62師団野戦病院壕です。
 


「光島」印


「増田」印



2022年04月23日

沖縄遺骨収容2022年4月②(主催:NPO法人沖縄戦没者遺骨協議会)
 今日で4日目。非常に多くの遺骨や遺留品が見つかります。その中にはこのようなものも。

上部には“UNITED STATES OF AMERICA”、下部には“QUARTER DOLLAR”の表記


下部に“1926”の表記


 これは1926年製造の25セント硬貨。
 記録では、この壕で2人のアメリカ兵が日本兵に銃撃され死亡、その後にアメリカ軍が入り口を爆破して封鎖したとのこと。彼らの遺骨は今も見つかっていません。
 1926年は大正15年。アメリカ兵がここにいた大きな証拠の一つだと考えます。これが見つかった場所では多くの遺骨も見つかっています。

 また「植田」と掘られた立派な印鑑も見つかりました。できればご遺族にお返ししたいと思っていますので、持ち主の手がかりとなる情報をご存知でしたら、どうぞ空援隊までご一報下さい。ここは62師団野戦病院壕です。





2022年04月20日

沖縄遺骨収容2022年4月①(主催:NPO法人沖縄戦没者遺骨協議会)
 新型コロナウィルス感染拡大の影響により、2年以上現場活動を中止せざるを得ない状況が続いていましたが、沖縄で本格的に現場活動を再開しました。 調査地はかつて野戦病院だった壕(洞窟)。事前調査で残骨や遺留品が多く見つかっていました。またここは日本兵に撃たれたアメリカ兵亡くなった場所。遺骨は今もみつかっていません。
 今回は、日本人参加者と共に、在沖縄アメリカ兵や退役軍人も参加する日米合同調査(主催:NPO法人沖縄戦没者遺骨協議会)。皆さん一緒になって汗をかきました。アメリカ人参加者からは「とても疲れたけどまた是非参加したい」という声が多く聞かれました。明日以降も作業が続きます。

沖縄において日本人と在沖米兵が一緒に遺骨収容を行うのは初めてのことかもしれません

2022年3月23日

沖縄 遺骨収容・調査(2022年4月) 参加者募集
 以下の日程で、沖縄において遺骨収容・調査を実施致します。ご参加ご希望の方はご連絡下さい。
 【日程】2022年4月19日(火)-26日(火)
 【参加条件】
  滞在期間中、次の2つのルールを守れる方
   ・食事は食べ残さないこと
   ・禁酒
   ※安全確保のため、スタッフの指示に従って下さい
 【応募締切】2022年4月2日(土)
 【連絡先】特定非営利活動法人空援隊
       (電話)075-321-4661
       (e-mail)office@kuuentai.jp


■メディア情報

2024年2月2日

 2024年1月に沖縄県で実施した「第5回 旧海軍司令部壕 未公開箇所 戦没者遺骨発掘収容」を各新聞社が取材しました。


●讀賣新聞
 2024年1月25日
 『沖縄戦の作戦拠点「旧海軍司令部壕」から遺骨、段ボール箱で8箱…
  未公開部分で発掘調査』


 2024年1月29日夕刊
 『「県民斯ク戦ヘリ」打電か、通信兵だった父の痕跡求める…
  旧海軍司令部壕の遺骨発掘調査』



●沖縄タイムス
 2024年1月26日
 『海軍壕 複数の遺骨確認 未公開部分 戦時中の木板も』


 2024年1月30日
 『海軍壕の遺骨収集終了 豊見城 名前入りの遺品も』



●琉球新報 2024年1月29日
  『名入り万年筆など収拾 京都のNPOが最後の海軍壕調査
  段ボール多数の遺骨や遺留品を確認 沖縄・豊見城』



2023年11月5日

 今年10月に実施した沖縄県の旧海軍司令部壕遺骨収容調査を、新聞とテレビが取り上げました。

●琉球新報 2023年11月1日
『歯ブラシケースや万年筆…
「旧海軍壕」の未公開エリアから遺留品、遺骨が多数見つかる
 沖縄・豊見城市』

●沖縄タイムス 2023年11月1日
『海軍壕から複数遺骨 NPO収集 名前入り万年筆も』

●沖縄テレビ 2023年11月2日
(映像 YouTube)
 『旧海軍壕の収集作業に遺族が参加 遺品・遺骨を返したい』



2023年8月15日

 今年2月、空援隊が主催した沖縄県の旧海軍司令部壕の遺骨収容調査において、陸軍兵の宮本衛さんの万年筆が見つかりました。6月にその万年筆を娘さんにお返しした記事が掲載されました。

 ●読売新聞 2023年8月15日
  『沖縄の壕で発見された父の万年筆、78年の時越え娘に…
  「姿変え帰ってきてくれた」』


2023年6月15日

 今年2月に空援隊が沖縄県の旧海軍司令部壕調査において実施した遺骨調査で、宮本衛さんの万年筆を収容し、それをご家族にお返ししました。

 ●テレビ朝日 2023年6月12日
(記事・映像)
 『戦死した父「帰ってきた気がする」 78年ぶり…万年筆が娘の元へ』


 ●沖縄テレビ 2023年6月13日
(映像 YouTube)
 『戦地・沖縄から手紙を送ってくれた父 万年筆が娘のもとへ』



(記事・映像)
 『戦地・沖縄から手紙を送ってくれた父 万年筆が娘のもとへ』


 ●沖縄タイムス 2023年6月13日
  『「よっぽど帰りたかったのね」父の万年筆、命日に戻る
  沖縄で発見 東京の遺族「宝物です」』


2023年5月13日

 昨年4月から収容活動を行っていた糸満市の野戦病院壕で、「新垣秀子」と記載された口紅入れらしい入れ物が見つかりました。ご遺族を探す記事が新聞に掲載されました。


 ●沖縄タイムス 2023年5月13日
  『[戦後78年]壕で発見 持ち主探す 遺骨収集の遺族 「新垣秀子」の名』


2023年4月26日

 今年2月に空援隊が沖縄県の旧海軍司令部壕調査において実施した遺骨調査で、名前が刻まれた遺留品が見つかりました。この遺留品が4月24日に遺族に返還され、地元テレビ局や新聞が報道しました。※第2報


 ●沖縄タイムス 2023年4月25日
  『「魂を迎えにいくような気持ち」 沖縄で20代で戦死した元将校 おいの元に遺品戻る 海軍壕の発掘調査で発見』


 ●沖縄テレビ 2023年4月25日
 (映像 YouTube) 『78年前の沖縄戦 戦没者遺品が遺族のもとへ』
 
 
  (記事・映像)『78年前の沖縄戦 戦没者遺品が遺族のもとへ』


2023年4月24日

 今年2月に空援隊が沖縄県の旧海軍司令部壕調査において実施した遺骨調査で、名前が刻まれた遺留品が見つかりました。この遺留品が4月24日にご遺族に返還され、地元テレビ局がニュースで伝えました。※第1報


 ●RBC(琉球放送) 2023年4月24日
 (映像 YouTube) 『「物ではなく魂を迎えに」旧海軍司令部壕で発見の筆箱のような遺品 遺族の元へ返還』
 
 
  (記事・映像)『「物ではなく魂を迎えに」旧海軍司令部壕で発見の筆箱のような遺品 遺族の元へ返還』

 ●QAB(琉球朝日放送) 2023年4月24日
  『旧海軍壕で見つかった遺留品 沖縄に来た大阪の遺族に直接手渡す』


2023年3月2日

新聞掲載のお知らせ

 ●沖縄タイムス 2023年3月2日
 『海軍壕から複数の遺骨 NPO調査 名前入り遺留品も』

2023年2月24日

新聞掲載のお知らせ

 ●沖縄タイムス 2023年2月22日
 『「父に会いに」「伯父を見つけたい」 遺骨の代わりに届いた石…沖縄・海軍壕で探す遺族』

2023年2月20日

沖縄のTV局で旧海軍司令部壕の遺骨収容活動が取り上げられました。


 ●OTV(沖縄放送) 2023年2月20日
 (映像 YouTube) 『叔父の遺骨探す男性も 旧海軍司令部壕で発掘・収集活動』
 
 
  (記事・映像)「叔父の遺骨探す男性も 旧海軍司令部壕で発掘・収集活動」

 ●QAB(琉球朝日放送) 2023年2月20日
  「海軍壕で遺骨収容活動が始まる」
  
 ●NHK沖縄 2023年2月20日
  「旧海軍司令部壕で見つかった名簿に父親の名 遺族が現地で慰霊」


2023年2月19日

RBC(琉球放送)で旧海軍司令部壕の遺骨収容活動が取り上げられました。


 ●RBC(琉球放送) 2023年2月19日
  (映像 YouTube) RBCニュース 「旧海軍司令部壕で京都のNPOが遺骨発掘 沖縄・豊見城市」
 

 (記事)『旧海軍司令部壕で京都のNPOが遺骨発掘 沖縄・豊見城市』

2023年2月19日

新聞掲載のお知らせ

 昨年(2022年)10月、空援隊が実施した「旧海軍司令部壕 未公開箇所 遺骨調査」で収容された砲弾の薬きょうから、海軍陸戦隊の「編成表」(名簿)が見つかり、そこに記載されていた兵士の御遺族が、海軍壕で編成表を手にされマシタ。沖縄タイムスに記事が掲載されました。


 ●沖縄タイムス 2023年2月19日
 『「とにかく早く会いたいと…」目を潤ませる遺族 壕を訪れ父の名前に対面 薬きょうの中に残る』

2023年2月10日

新聞掲載のお知らせ

 昨年(2022年)10月、空援隊が実施した「旧海軍司令部壕 未公開箇所 遺骨調査」で収容された砲弾の薬きょうから、海軍陸戦隊の「編成表」が見つかりました。編成表は戦時中、重要機密で見つかることは珍しいと言われています。この編成表には40人以上の氏名が記載され、ご遺族も見つかっています。関連記事をお知らせします。


 ●南日本新聞 2023年1月29日
 『沖縄戦で全滅 旧海軍部隊の「編成表」 司令部壕跡で発見、薬きょうの中に 42人の名前・階級記載 遺族「父が生きた証し」』

 ●西日本新聞 2023年1月14日
 『薬きょうの中に「生きた証し」沖縄の旧海軍司令部壕で編成表発見 九州出身者も』

 ●沖縄タイムス 2022年12月20日
 『旧日本海軍の編成表発掘 旧海軍司令部壕 専門家「希少な資料」』

 ●琉球新報 2022年12月16日
 『薬きょうに日本軍編成表 海軍壕で発見「貴重な資料」 あすから遺留品特別展 沖縄・豊見城』


2022年11月1日

QAB(琉球朝日放送)で旧海軍司令部壕の遺骨収容活動が取り上げられました。


 ●QAB(琉球朝日放送)ニュース番組「CATCHY」2022年11月1日
 『旧海軍司令部壕で多くの遺骨と名前入りの遺留品見つかる』


2022年10月30日

RBC(琉球放送)で旧海軍司令部壕の遺骨収容活動が取り上げられました。


 ●RBC(琉球放送) 2022年10月30日
  (映像 YouTube) RBCニュース 「旧海軍司令部壕 大規模遺骨収集」
 

 (記事)『旧海軍司令部壕 未公開エリアで 大規模遺骨収集』

2022年10月28日

琉球新報で旧海軍司令部壕の遺骨収容活動が取り上げられました。


●琉球新報 2022年10月28日
『遺骨やすずり、万年筆…海軍壕で数多く見つかる 非公開部分の発掘調査「供養できれば」 沖縄・豊見城』

2022年10月27日

沖縄タイムスとOTVで旧海軍司令部壕の遺骨収容活動が取り上げられました。

 ●沖縄タイムス 2022年10月27日  
 『「まだこんなに残されているとは…」続出する遺骨に驚く収集ボランティア 沖縄の旧海軍司令部壕』  
 
 ●OTV(沖縄テレビ) 2022年10月27日  
 (映像 YouTube) OTV沖縄テレビ 『未公開箇所で遺骨収集 旧海軍司令部壕 豊見城市』
 
 
 (記事)『旧海軍司令部壕 未公開エリアで 大規模遺骨収集』  
 

2022年9月16日

 琉球朝日放送(QAB)、「STARS AND STRIPES」が沖縄で戦死した米兵の甥ラリーさんの訪問を取り上げました。どうぞご覧下さい。

●琉球朝日放送 2022年9月16日(夕方ニュース番組「CATCHY」)
『地下壕から米兵認識票見つかり遺族が沖縄に』


●STARS AND STRIPES 2022年9月14日
『‘That’s him’: Nephew of WWII Marine casualty witnesses remains recovery on Okinawa』


2022年9月12日

 NHK、沖縄タイムス、共同通信が、沖縄で戦死した米兵の甥ラリーさんの訪問の件を取り上げました。

●NHK 2022年9月10日
『77年前の沖縄戦で死亡の米兵遺族 糸満市の壕を初めて訪問』


●沖縄タイムス 2022年9月11日
『[戦後77年]戦死米兵のおい 遺骨収集 認識票発見の壕で 糸満』

●共同通信 2022年9月12日
『米兵認識票、遺族の元に 沖縄戦で死亡、NPO発見』


2022年8月25日

 来年サイパン慰霊祭を開催予定の記事が地元新聞に掲載されました

 Marianas Variety 2022年8月24日
❝Saipan mayor, Kuentai-USA look forward to next year’s memorial rites❞


2022年8月24日

 3年ぶりに訪れたサイパンで、日本政府の遺骨収容事業をサポートした空援隊の活動を地元新聞が記事にしました。

 Marianas Variety 2022年8月23日
❝Remains of WWII soldiers unearthed in Tanapag❞

2022年8月13日

 4月に空援隊が沖縄の壕で見つけた印鑑の記事が京都新聞に掲載されました。

 京都新聞 2022年8月13日
『沖縄戦ガマに遺骨、「光島」と刻まれたはんこ 持ち主は京都か、探し訪ねた』

2022年7月20日

 7月に実施した沖縄での遺骨発掘収容の記事が掲載されました。

 Stars and Stripes 2022年7月18日
  “ 'It's our job to find them': Japanese, Americans dig for WWII remains on Okinawa”

2022年6月30日

 4月に実施した沖縄での遺骨発掘収容の記事が掲載されました。

 Stars and Stripes Japan 2022年6月24日
  “The Cave: Bringing Pfc. John Quinn Home”

2020年7月8日

 空援隊とKUENTAI-USAが7月7日に開催する予定だったサイパン合同慰霊祭は、コロナウィルス感染拡大のため無期限延期としました。それを伝える地元新聞の記事が掲載されました。

 Marianas Variety 2020年7月7日
  「Kuentai group postpones visit to Saipan」

 日本軍最後の総攻撃(バンザイ突撃)が行われた7月7日に開催してきた慰霊祭は今年で5回目を数える予定でした。毎年国際宗教同志会や宗教者の皆さんの協力のもと営んできた式典には、サイパン市長を始めとして地元の方々、日本からも会員に参列頂いてきました。新聞社の取材に対してサイパン市長は空援隊の今回の決断に敬意を表し「また会える日を楽しみにしている」と述べられました。地元の皆さんのご理解やご協力のおかげで私達は継続的に活動させて頂いています。コロナウィルス感染拡大が落ち着いたら、サイパンでまた遺骨調査活動と慰霊祭を行います。少しでも多くの戦没者を日本にお迎えする道筋を作っていく活動は今後も続きます。


2019年8月27日

 FMぎのわん「瓦職人のヒーローにインタビュー」に倉田専務理事がゲスト出演した回(8月27日)の放送がYouTubeに掲載されました。

   ●YouTube FMぎのわん
   「瓦職人のヒーローにインタビュー@2019/08/27」
※再生後、画面右下の「YouTube」ボタンをクリックしてご覧下さい

2019年8月26日

 8月27日14時からFMぎのわん「瓦職人のヒーローにインタビュー」に急遽ゲスト出演することになりました。倉田専務理事が遺骨収容について話します。全国どこからでもスマホやパソコンでお聞きになれます。

   ●ラジオの聞き方
   ListenRadioで「全国のラジオ局」をクリック
   →「九州・沖縄」をクリック
   →「FMぎのわん」を選択
    ※FMぎのわんのHPから、ListenRadioのページにジャンプできます。

2019年7月8日

 サイパンの2つの新聞に、7月6日に空援隊が主催して執り行った慰霊祭の記事がアメリカの新聞に掲載されました。

   ●Marianas Variety
  「Shinto and Buddhist priests hold memorial ceremony in hotel parking lot」


   ●Saipan Tribune 「Group marks memorial’s 4th year」


2019年5月3日

 雑誌「AERA」編集部の大平誠記者から、文書での取材依頼が2019年4月24日に空援隊に届きました。質問内容は「遺骨収集問題についての質問」です。空援隊は2019年5月3日に、回答を大平記者に送付しました。大平記者の質問と、それに対する空援隊の回答、全文を掲載致します。

    「AERA」大平誠記者からの遺骨収集問題についての質問と、空援隊の回答

 (取材の目的) ※上記の大平記者の質問から
 小誌の「時代を読む」というコーナーで、5月13日発売号で遺骨収集問題、とりわけ第二次世界大戦で最も多くの戦死者を出したフィリピンでの遺骨収集について取り上げたいと取材を続けております。中でも厚生労働省の委託を受けた貴法人が、飛躍的に遺骨収集の数を伸ばしながら、フィリピン人の骨が多数混入しているとの疑惑から収集事業が中断してしまったことについて検証したいと考えています。昭和での戦争から貴法人がフィリピンでの収集に取り組んだ平成時代を経て、新たに令和と元号も変わるこの時期に、きちんと総括しておくべき問題と存じます。

平成31年3月28日

 八重山日報 平成31年3月28日
 「海底で米墜落機を確認 親族の遺影など供える 西表島祖納沖」
 3月23日の記事の続報です。昭和20年7月に西表島の祖納の海に墜落して亡くなったパイロットについて、遺族の関係者であるアメリカ人男性が島で調査をした記事が八重山日報に掲載されました。空援隊がそのサポートを行っています。

平成31年3月23日

 八重山日報 平成31年3月23日
 「祖納沖で遺骨調査開始 太平洋戦争末期に米軍機墜落 西表島 マカロニン氏がNYから来島」
 沖縄県西表島に戦時中に墜落した米軍機とそのパイロットについて調べるため、現地を訪問中のアメリカ人男性の記事が八重山日報に掲載されました。空援隊はKUENTAI-USAと共に彼らのサポートを行っています。記事では空援隊についても触れられています。
 

平成30年11月26日

 北海道支部報告会(11月2日)の記事が室蘭民報に掲載されました。
  室蘭民報 平成30年11月5日
  「沖縄の米兵遺骨調査結果を報告 室蘭・空援隊道支部」

平成30年7月11日

 サイパンで行った慰霊祭の記事が地元の新聞に掲載されました。
 「Saipan Tribune」(サイパンの新聞) 平成30年7月9日
 ”Kuentai repatriates 800 Japanese servicemen”



平成30年7月10日

 サイパンで行った慰霊祭が地元TV局(Saipan TV)のニュース番組で放送されました。
 「Saipan TV」
 ”KSPN2 News 2018年7月9日” ※慰霊祭は8分24秒~



平成30年7月9日

 サイパンでの遺骨調査と、サイパン市長への表敬訪問が地元の新聞に掲載されました。
 「Marianas Variety」(サイパンの新聞) 平成30年7月9日
 ”Kuentai group continues to get updates on its search for WWII remains”



平成30年06月26日

 「STARS AND STRIPES」(アメリカの新聞) 平成30年6月26日
 ”Japanese group accuses US of abandoning World War II remains on Saipan”
 空援隊とKUENTAI-USA(空援隊のアメリカの姉妹団体)がサイパンで見つけたアメリカ兵の遺骨
 (第2次大戦のサイパン戦で戦死)をアメリカ政府が3年近くも収容せず放っていることついて、空援隊の
 倉田専務理事(KUENTAI-USA理事長)が取材を受けました。
 今年5月に行った沖縄の遺骨調査の写真等も掲載されています。

           

平成29年08月25日

 「北海道新聞」に北海道支部報告会の記事が掲載されました。
 ●平成29年8月23日
 「旧日本兵 遺骨収集の現状「供養もされず置き去り」室蘭でNPOが報告会」

平成29年08月21日

 新聞「室蘭民報」に以下の記事が掲載されました。
 ●平成29年8月14日
 「伝える戦争の記憶(中)NPO法人空援隊「遺骨発掘 現地で供養」」

 ●平成29年8月19日
 「「現状伝える」が大事 空援隊がサイパン調査 室蘭で報告会」

平成29年07月28日

 地元新聞に空援隊の記事が掲載されました。
  ※空援隊のこれまでの活動内容については、間違いが多くあります。
 Saipan Tribune 2017年7月11日
 “Kurata: Kuentai mission to repatriate remains hindered by lack of permits”

平成29年07月10日

 7月7日に執り行ったサイパン慰霊祭の記事が、地元新聞に掲載されました。
 ●Marianas Variety 2017年7月10日
 “Kuentai holds memorial service for WWII dead”
       
        挨拶するサイパン市長(記事内写真)

 ●Saipan Tribune 2017年7月10日
 “Kuentai honors WWII fallen in ARC ceremon”

平成29年07月05日

サイパンの地元新聞2紙に、慰霊祭開催のお知らせ記事が掲載されました。
 ●Marianas Variety 2017年7月5日
 “Kuentai to hold memorial service for fallen soldiers”

 ●Saipan Tribune 2017年7月4日
 “Kuentai to host 2nd memorial”




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